雲から山の天気を学ぼう|(50)梅雨前線に伴う雲

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梅雨前線に伴う雲

梅雨末期になると、梅雨前線が日本付近まで北上し、西日本を中心に豪雨の被害が発生することが多くなります。梅雨末期に行われた会津朝日岳の登山ツアーでは、参加者の安全のために、本気になって気象判断を行いました。私がどのように判断したのかは皆様の参考になると思いますので、ご紹介させていただきます。
この日は、梅雨前線上をキンク(前線が折れ曲がったところ)が能登半島の北から新潟付近へと東進していき、会津朝日岳はその南側に入りました。キンクの辺りや南側では積乱雲が発達しやすく、局地豪雨や大雨に警戒が必要ですし、前線の南側では西風が強まることが多くなります。したがって、キンクが通過する予想の昼前後を中心に荒れた天気となることが予想されました。


そこで迷うのが登山を催行するかどうかの判断です。今回のルートで予想される気象リスクは、前半の沢の渡渉と、山頂直下の急峻な岩場、そして頂上稜線の風です。つまり、引き返しポイント(進退判断をおこなう場所)はひとつは沢の渡渉地点、それから避難小屋、そして稜線の直下ということになります。
沢が増水してしまうと、下山時に渡れなくなって山中に閉じ込められる可能性があります。このときは、現地のガイドさんとも話し合い、沢はそこまで増水しないと判断しました。その理由は以下の通りです。
1. 天気図からキンクは北側を少し離れて通過するため、もっとも発達した積乱雲は、北側の飯豊連峰付近にかかり、会津朝日ではそこまでの大雨にはならないこと、
2. ブナを始めとする自然林が豊富なため保水力が高く、大雨が降ってもその水が沢に流れ込むには時間がかかる
3. 今シーズンは、ここまで空梅雨(からつゆ)でほとんど雨が降っておらず、土壌に水分が溜まっていないこと
4. 流域の沢の形状などから、鉄砲水が発生する可能性は低いこと
さて、登山口では携帯が通じないので雨雲レーダーの確認はできません。そこで、出発前に雨雲レーダーと降水短時間予報を確認したところ、登山開始前後ににわか雨が降った後は一旦、小康状態となる予想でした。また、その後の梅雨前線の動きや暖湿流の入り具合から、キンクが北側を通過する10時頃から本降りの雨となり、13時頃まで続きそうだと想定しました。
その後は、登山中に雲や風の状況から判断することになります。出発時に予想通り、にわか雨が降り、雨具を一旦着ました。この雨は止み、脱ぐことになります。帰りの増水を心配した沢は、地元ガイドさんの言う通り、渇水状態で流れは非常に少ない状況です。ただし、このような沢が短時間の豪雨で全く姿を変えてしまうことを過去に何度も見ているから油断はできません。
その後は小康状態で薄日が差す時間も。このとき、お客様から「猪熊さん、本当にこの後、降るの?意外と持つんじゃない。」という声も聞かれました。さらに登っていくと、見晴らしの効く尾根上に出ました。こういう場所は観天望気をおこなうチャンスです。梅雨前線がある北側の空は真っ暗で、強い雨が降っていることが推測されました。また、眼下には雲海が広がっています。この雲海がどんどん上昇気流によって上がっていき、霧に包まれるようになったら雨が降り始める前兆です。それよりも気になるのは北側の真っ暗な雲。これが近づくと、大雨や落雷の恐れが出てきます。

写真1 北側に梅雨前線本体の真っ暗な雲が広がる

その後、時々空をチェックすると、この真っ暗な雲(積乱雲群)はゆっくりと接近(南下)してきました。
写真2 北側の真っ暗な雲が接近してくる様子

さらに雲海の上部が盛り上がってきて、雲が上方に毛羽立ったようになってきました(写真2)。これは上昇気流が強まってきている証拠で、天気が崩れる前兆です。
案の上、9時頃から雨が降り始め、10時頃には本降りに。土砂降りの中、避難小屋へ。ここが最大の引き返しポイントとなります。ここで、調子の悪い方や、雨の中歩く自信のない方には待っていただくことにしました。残りのご参加者は引き続き前進し、取りあえず山頂直下の岩場まで行くことにしました。前進した判断は、以下の理由からです。
1. 雨は強いものの、落雷は伴っていない
2. 風が想定より弱く、雲の流れや上部の木の揺れ方などを見ても平均10m/s以下と思われる
3. 山頂直下の岩場までは滑落の恐れがある場所はなく、沢の増水、土砂崩落、落石などのリスクは想定されない。

さて、順調に山頂直下の岩場の下へ。問題の岩場は、脇を増水した沢がゴウゴウと流れており、雨の勢いは弱まりません。ここで、あまり歩き慣れていない方にはガイド1名をつけて引き返していただくことにしました。やむを得ない判断です。残りのメンバーで登頂を目指すことにしました。それは、登山ガイドとお客様の比率が1:2であったこと、風が弱かったことが大きいです。万が一、お客様が滑落した場合でもガイドがサポートできる体制で登ることができるからです。全員、慎重に難所を通過し、最後の引き返しポイントである稜線へ。稜線では風が音を立てて唸っているものの、幸いルートが稜線の風下側で、大きな灌木も所々あるのでそれほど強くはありませんでした。特にバランスを崩す方もなく、山頂に立つことができました。
久しぶりに本気で気象判断を要求されたツアーでした(笑)。

文、写真:猪熊隆之(株式会社ヤマテン)
※図、写真、文章の無断転載、転用、複写は禁じる。

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猪熊隆之(いのくまたかゆき)

国内唯一の山岳気象専門会社ヤマテン http://yamatenki.co.jp/ の代表取締役。中央大学山岳部監督。国立登山研修所専門調査委員及び講師。カシオ「プロトレック」開発アドバイザー。チョムカンリ登頂(チベット)、エベレスト西稜(7,700m付近まで)、剣岳北方稜線冬季全山縦走などの登攀歴がある。著書に山の天気にだまされるな(山と渓谷社)、山岳気象予報士で恩返し(三五館)、山岳気象大全(山と溪谷社)。共著に山の天気リスクマネジメント(山と渓谷社)、安全登山の基礎知識(スキージャーナル)。

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