落雷や強雨を予想しようpartⅡ(第39回)

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~落雷から身を守るために~

partⅠに続き、落雷事故のあった2019年5月4日に丹沢へ登山すると想定して、登山前日(5月3日)の時点で、雲がやる気を出しやすい状況であったのかを確認してみましょう。

図1 5月3日に発表された4日9時の地上予想天気図(気象庁提供)

3日に予想されていた、4日の地上予想図(図1)を見ると、日本付近は高気圧に覆われて一見、何の問題もないような気圧配置です。これを見て、好天になると思われた方も多いでしょう。しかしながら、関東地方から見ると高気圧が北にあり、このようなとき、関東南部の山岳では高気圧から吹き出す北東の風によって、太平洋からの湿った空気が入り、ぐずついた天気になることが多くなります。ただし、落雷や大雨といった現象はこの天気図からはイメージしにくいです。

ここで、partⅠで学んだ、「雲がやる気を出す」条件を思い出しましょう。
1. 上層に強い寒気が入ってくる
2. 地面付近に温かく湿った空気が入る

この2つでしたね。図1から条件の2ではないことが分かります(詳しくは前号を参照)。
そこで、1の状況かどうかを確かめるために、500hPa面の気温予想図を見ていきます。この日は昼頃から天気が急変しました。前号で紹介させていただいた、HBC専門天気図など無料で見られるサイトでは、12時間ごと、または24時間ごとの天気図しか見ることができませんから、1日の中の細かい変化が読みづらいです。そこで、3時間ごとの予想が見られるヤマテンの予想図を使って検証します。前号の表1を見ますと、「雲がやる気を出す」5月上旬の目安はマイナス21℃以下。5月4日はどのような状況が予想されていたのでしょうか?

図2 500hPa面(高度約5,500m)の気温予想図(3日9時発表の4日9時の予想)

図2を見ると、丹沢は、マイナス18℃の太線の北側にある赤い線のさらに北側に位置します。ヤマテンの気温予想図は6℃ごとに太線が、3℃ごとに細い線が書かれていますので、マイナス18℃線の北側の赤い線(実際には黒い細線)はマイナス21℃線ということになります。つまり、この北側に位置する丹沢は、マイナス21℃以下の領域に入っています。丹沢付近では雲がやる気を出しやすい状況ということが分かりますね。

図3 高層天気図の風向と風速の見方(山岳気象大全「山と渓谷社」より)

さらに、この図には風速と風向が書かれています。見方は図3をご参照ください。ここでは風向に注目します。矢羽の羽根が出ている方から風が吹いているので、青い二重線の所で風向が急に変わっていることが分かります。風向が急に変わっているところは、前線の存在を意味しています(青い二重線の部分)。この天気図は高度約5,500m付近のものなので、この高さに前線があることを意味しています。前線付近では上昇気流が発生し、それに乗って雲はやる気を出します。特に、前線が近づいている領域で上昇気流が強くなりやすいです。図4を見ると、丹沢はまさにこの領域にあります。

図4 500hPa面(高度約5,500m)の気温予想図(3日9時発表の4日15時の予想)

実際、事故が発生したのは、13時30分頃です。13時頃から丹沢付近で積乱雲が発達していますから、この前線が接近している時間帯と合っています。

このように、前日の段階で、雲がやる気を出しやすい状況、つまり積乱雲が発達しやすい状況であることが予想できたわけです。平地では夕立と呼ばれるように、夕方から夜にかけて、雷雨となることが多いのですが、山ではそれより早い時間に襲われることが多いです。こうした状況が予想されるときは、午前中には目的地に到着するか、安全な場所まで下山するような計画に変更することが大切です。また、落雷のリスクが高い、尾根上や岩稜帯を歩くルートや、大雨によるリスクが高い沢沿いや雪渓上のルートは避けた方が無難です。

さらに、雷雨に襲われたときに、どこに避難するのかを事前に考えておくことも大切です。今回、亡くなられた方は、木の下に雨宿りをして雨具を着ようとしたということですが、高い木に近づくことは大変危険な行為ですので、絶対にやめましょう。高い木からは、最低4メートル離れるようにしてください。枝が延びている場合は、枝の先や葉からも4メートル以上、離れた方が良いです。

図5 落雷の危険があるときに近づいてはいけない場所(山の天気にだまされるな「山と渓谷社」より)

地形図や過去の登山記録などから、周囲に比べて比較的安全な場所を探す方法については、「山の天気にだまされるな」(山と渓谷社)第7章に詳しく書かれておりますので、ここでは紙面の関係もあり、割愛させていただきます。

登山前に天気図を見ることで、落雷のリスクについて認識していたとしても、何らかのトラブルが発生して予定より大幅に時間がかかってしまったり(そのようなときは、タイムリミットを設定した場所で引き返すべきですが)、あるいは事前に予想できなかった突発的な雷雨に遭遇することもあります。

突発的な雷雨であっても必ず、前兆はあります。空を見て雲の形や動きを観察したり、風の変化やじめっとした感覚を肌で感じることで、危険な雷雨の兆候を事前に察知することができます。

兆候1.午前中早い時間から雲がやる気を出し始めている
突発的な雷雨の場合、朝のうちは晴れて風が弱いことがほとんどです。早朝は雲ひとつない青空ということもあります。そのようなときも登山口で必ず、空をみあげましょう。

写真1 5月4日9時頃、蓼科山麓上空に現れた積雲

写真1のように、午前9時頃までに積雲(せきうん、別名綿雲)が上方へモクモクと成長しているときは要注意です。通常、晴れて風が弱い日、朝のうちは放射冷却によって地面付近の気温は低めです。雲がやる気を出す(積乱雲が発達する)のは、地面付近と上空高い所の温度差が大きい(大気が不安定な)ときになります。したがって、早い時間から雲がやる気を出し始めているのは、上空に冷たい空気が入っている証拠です。このような雲が見られるとき、地面付近の気温が上昇していく日中は、大気がどんどん不安定になっていき、雲は益々やる気を出して、積乱雲(せきらんうん、別名入道雲、雷雲)が成長していくのです。
それでは、丹沢で落雷事故があった5月4日の蓼科、八ヶ岳方面の雲の変化を見ていきましょう。

兆候2.雲の高さが周囲の山をはるかに越えていく。雲の底が暗灰色になっている。
写真2 雲の底が暗くなってきたら落雷や強雨の危険サイン

写真2のように、雲の底が暗くなってきたり、雲のてっぺんが周囲の山よりはるかに高い高度に達してきたら、少しでも安全な場所(下記の「避難すべき場所」を参照)へ避難するようにしましょう。

兆候3.遠くで雷の音がする
よく、遠雷(えんらい)と言って遠くで雷の音がしても、「まだ遠くだから大丈夫」と気にかけない人がいますが、これは誤りです。雷の音がしたら、その雷雲を特定しましょう。カリフラワーのようにモクモクと発達した雲、底がとても暗くなっている雲が犯人です。風向きや雲の動きをチェックし、風上側にそれらの雲があったり、その雲がこちらに近づいているときは、すぐに避難しましょう。また、雨雲レーダーや雷雲のレーダーを見てそれらの動向を確認しましょう。

兆候4.周囲が急に暗くなり、底が暗い雲が近づいている
写真3 蓼科山の東側で発達した入道雲(雷雲)

写真3のような雲が周囲で近づいてきたら要注意です。特にその雲の方角から風が吹いてきているときは危ないので、避難を急ぐ必要があります。実際にこの後、八ヶ岳の南部では雷雨となりました。

写真4 八ヶ岳南部ではこの後、雷雨に

兆候5.雲の底がもこもこと乱れてきている
雲の底が暗くなり、もこもこと乳房のような形になっていくことがあります。このような雲を乳房雲(ちぶさぐも)と呼びます(写真5)。このような特徴が見られたとき、また写真4のように、雲が垂れ下がっているような雲が現れるときには雨が降り出す前兆です。すぐに避難を開始しましょう。

写真5 蓼科上空で乳房雲になりかけた雲

兆候6.急に冷たい風が吹き始めたり、生暖かい風と冷たい風が交互に吹くようになる
兆候3、5はいつでも現れる訳ではなく、いきなり真上で雷雲が発達する場合があります。また、高い山では兆候2や4が見られることなく、霧に覆われて周囲の雲の状況を確認できない場合があります。そのようなときは、以下のことを確認しましょう。

1. 上空を見上げて霧の濃さを確認。
霧が薄く、明るい感じであれば、上空は薄い雲。そこまでの心配は要りませんが、周囲で発達した雲がある場合には必ずしも安全という訳ではありません。また、濃くて暗い感じがする場合は、積乱雲の下にいると判断してすぐに避難しましょう。

2. 急に冷たい風が吹き出す
雷雨の後、急に涼しくなりますよね。発達した雷雲の下では冷気が溜まっています。そこから吹き出す風が伝わってくるときに、冷たくて強い風が吹きます。そのようなときは、発達した積乱雲が近くにある証拠。すぐに避難しましょう。

3. 生暖かい風が吹き出す
稜線を歩いているときなど、冷たく気持ちの良い風が吹いていることがあります。そんなとき、反対側から生暖かい風が吹き出すときは要注意です。積乱雲の発達を疑いましょう。

兆候7.じめっとした空気を感じる
雨が降る直前は急に、ヒヤッとジメッとした空気に変わることがあります。そのようなときは、雨具を着て避難を開始しましょう。

兆候8.大粒の雨が降り出す(数滴でも)
雨粒の大きさが重要です。積乱雲が発達すればするほど、落ちてくる雨は大粒になり、雹(ひょう)を伴うことがあります。たとえ数滴でも大粒の雨が降り出したら、すぐに避難しましょう。また、大粒の雨が降った後に一旦晴れてきたときも要注意です。次の雷雲が接近したり、真上で発生する可能性が高いので、晴れてきても前進することはやめ、避難するための貴重な時間だと思って行動してください。

避難すべき場所はどこ?
1. 営業小屋、避難小屋
近くに営業小屋、避難小屋があるときは、そこに避難しましょう。ただし、軒下は厳禁。必ず小屋の中に入り、壁から離れるようにしましょう。

2. 窪地や周囲より低いところ
雷は高い所に落ちやすい傾向にあります。そのため、周囲より低い所に避難することをおすすめします。

3. 尾根や稜線から少しでも低い所へ下山
雷は高い所に落ちやすい傾向にあります。そのため、そのような場所から遠ざかりましょう。ただし、尾根や稜線から安全に降りられるところに限ります。また、沢に降りるのは道迷いや滑落、沢の増水によるリスクがありますので止めましょう。

4. 尖った岩、高い木から離れる
雷は尖ったものに落ちやすい傾向にあります。尖った岩や高い木からは4メートル以上、離れるようにしましょう。木の下に雨宿りはもっとも危険な行為です!

5. 沢、ガレた場所、崩落地から離れる

6. 雪渓には入らないようにし、雪渓上にいる場合は両岸から離れ、落石に注意

前号でお伝えしたように、周囲で積乱雲が発達したときに、どこに避難するかを予め決めておきましょう。
また、雨雲レーダーや雷レーダーを確認することも、落雷のリスクから身を守ることにつながります。

下記の場所で雨雲レーダー、雷レーダーをチェックしよう!
1. 携帯の電波が入らなくなる前
携帯電話会社(キャリア)のマップなどで事前に携帯が入る場所を確認しましょう。

2. エスケープルートとの分岐点
安全に下山できる登山道との分岐点で確認しましょう。雷雲が近づいてくるようだったら、エスケープルートを使って下山しましょう。

3. 岩場、雪渓、沢の渡渉、沢沿い、ガレ場、尾根や稜線に出るところ
上記のような落雷や局地的な豪雨によるリスクが想定されるところでは、それらの場所に入る前に必ず確認しましょう。雷雲や強い雨雲が接近してくるときは、それらの場所に入らず、安全な場所に避難しましょう。

突発的な雷雨が起きやすい場所を覚えておくことも役に立つことでしょう。いくら大気が不安定で、雲がやる気を出しやすい状況であっても、雲そのものができなければ、危険な雷雲は発生しません。詳しくは第29回、30回の「雲ができるキッカケ」をご参照ください。

以上、落雷や局地的な大雨から身を守る方法について2回にわたってお伝えしていきました。これらのことを実践することで、皆様が安全で楽しい登山を続けられることを祈っています。

文、写真:猪熊隆之(株式会社ヤマテン)

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5/29(水):高気圧と低気圧、前線・・・終了しました

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