田中陽希さん「日本3百名山ひと筆書き~Great Traverse~」(38)

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帰郷

11月20日。暑寒別岳で今年は登り納め。来年の284座目までは、しばらくの間、実家のある富良野で過ごすことになります。深山峠から国道を小走りで下ると、眼下には南北に広がる富良野盆地。雲に隠れる芦別岳や十勝岳連峰の裾野も見えます。自衛隊駐屯地のある上富良野町内を抜けると、朝は雲に隠れていた十勝岳連峰が、十勝岳からオプタテシケ山までずらりと見えました。さすが2000m級の山々、大きくて高いです。昨日の温かい雨により、連峰の雪は大分溶けてしまったよう。予想よりも山肌が露わとなっていました。これなら登れるかもしれない…という気持ちも少し芽生えましたが、今月はもう、晴天になるのは一日だけの予報。事実上、今年は暑寒別岳が登り納めとなったことを決定づけています。隣の集落、布礼別に入ると、6年前百名山の時に脚を痛めて、実家で静養したあとに、痛みが引かない状況で十勝岳へと向かい、ここで痛みが強くなり、実家へと引き返したことがよみがえりました。今と比べるとあの頃の自分は鬼気迫るものがありました。数えきれないほどトレーニングで走った道のり、川を渡り、実家のある麓郷へ。実家に戻ってくるのは3年ぶり、2017年12月以来。過疎化に歯止めがかからず、今も人口減少が続いていると聞きます。昔は田畑の間にぽつぽつとあった農家や酪農家の家々も、ぽつん…ぽつん…とある感じです。寂しくもありますが、それでも故郷はいい!なんといっても帰ってこられる場所があることはとてもありがたいです。家族の帰りをいち早く気付いたのは、愛犬のハル。激しく「ワンワン」と吠えて飛び跳ねています。玄関を開けると母が「おかえり~」いつもと変わらぬ言葉で迎えてくれました。明日から実家での生活が本格的に始まります。実家での生活はしばらく続きますが、旅が終わったわけでも中断したわけでもなく、一時停滞です。理由は北海道の厳しい冬が本格的に始まったから。12月1月の山は雪が毎日のように降り積もり、雪崩も頻発します。雪が落ち着くまでには、3か月ほどかかることが予想されます。その間は実家にとどまり、トレーニングや情報収集に努める予定です。最後に…「もちろん移動はすべて徒歩です」。

整理整頓

11月21日、実家だからとぐーたらとだらしなく過ごしていいわけではありません。朝食は毎日7時15分ごろから、食べ終わった後はみんなで協力して家事。父は食器洗いと掃除機、母は洗濯とトイレ掃除、そして僕は風呂掃除です。働かざる者食うべからず!9時前にはひと段落。それからは自由時間となりトレーニングへ出かけたり、のんびりできたりするのですが…。休む間もなく、客間に積み上げられた旅先や事務局、ゴールドウインから送られた装備が入った段ボールの山を整理。中身は旅で一度使用した装備、今後使用しない装備、これから使用する装備。それぞれに振り分け整理していきます。一時は足の踏み場もないほどに広げてしまった装備も、夕方には整理整頓を何とか終えることができました。
11月21日、3年ぶりの実家での生活が始まって3日目。今日も朝から本や服、思い出など段ボールに詰め込んだままとなったモノを引っ張り出し、「必要」「不必要」「検討」に分け、さらに「廃棄する」「売る」「リサイクルへ回す」に分けていきます。空っぽになったタンスなどを、本棚や花壇などへと再利用。ただ廃棄するのではなく、「何かに再利用できないか」と何度も考えて両親とも協力してアイディアを出し合いました。久しぶりに両親と「あーでもないこうでもない」と一緒に思案する時間が新鮮に感じられます。長年捨てきれずに、残していた思い出の数々が家を去ることに。寂しさも少しありますが、部屋が片付き広くきれいになっていく方が圧倒的に心地いいです。しばらくは部屋の荷物の片付けで手いっぱいとなりそうです。

トレーニング始動

12月1日、今日から12月がスタート、2020年も残り1ヶ月です。今日から来年に向けてのトレーニングを再開。酒田市で3か月を過ごしたときのように、毎日走る予定です。あの時は、春から夏へと気温が上昇していましたが、今回は真冬。これからさらに雪深くなり、1月になれば-30度を記録する日もあります。極寒雪上の環境下でのトレーニングはそんなに生易しいものではないですが、この環境が小さい時から好きです。初日のトレーニングは、故郷の麓郷をぐるりと18キロほど走って終了。11日ぶりの運動で、体は早速いたるところが筋肉痛となりました。
12月31日、新型コロナウイルスにより世界規模で未曾有の困窮が広がった2020年。この旅も未知のウイルスだけではなく、様々な自然の猛威に直面しながらも、根気強く向き合うことで何とか切り抜けさせてもらい、ここまできました。根拠はなく自信も大して無いですが、きっとこのウイルスも切り抜けていけるだろうと感じています。2020年の節目として、フルマラソン(総距離45キロ)を走ることにしました。走り納めをする日に限って、今シーズン一番の冷え込み。最低気温-25度、最高気温、-14度。まさに極寒。走り納めどころかフルマラソンなどするコンディションではありません。しかし条件が厳しくなればなるほどに、不思議とやる気やチャレンジ精神に火が。
10時半過ぎに家を出発。それでも気温は-16度。救いなのは風がなく、日差しがあったことです。路面はスケートリンクのようにつるつる。程よく圧雪された路面を「キシキシ、キュッキュ」と音をたてながら、大きなアップダウンが続く東山方面へと走りました。出発から2時間20分ほどで中間地点(24キロ、家まで残り21キロ)のコンビニに到着。簡単に昼食を済ませ、休憩もそこそこに後半戦へと走り出しました。後半は空知川まで下り基調、渡ってからは、家まで麓郷(ろくごう)街道をだらだらと登っていきます。午後になると冷たい風が吹き始め、厳冬期用のバラクラバがカチカチに凍ってしまいました。走るペースも30キロを過ぎてから徐々にペースダウン。ペースが遅くなると体の熱も下がり、体温が下がります。しかし疲労もピークでペースを上げることが難しくなりました。家まで11キロ。麓郷街道に入り2キロほど走ったところで、ついに足が止まってしまいました。あまりの低温で筋肉が硬直し、関節に痛みが出始め、ここで無理して故障になっても本末転倒なので、走るのをあきらめ早歩きに徹することに。走ると痛むが、歩きでは全く痛みが出なかったため、思った以上にしっかり歩くことができました。予定よりも30分以上遅い、16時に帰宅することに。タイムは45キロ4時間50分(休憩の15分は含まず)。真冬の雪上極寒フルマラソンとしてはまずまずのタイムでしょう。もう少し暖かければ、4時間くらいで走り切ることができたかもしれません。納得の走り納め、これでいい新年を迎えられそうです。

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