田中陽希さん「日本3百名山ひと筆書き~Great Traverse~」⑧

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蓬莱山

8月2日、55座目となる蓬莱山(ほうらいさん)へ。登山口は静かな杉林の中にあり、序盤から激しい急登が続きます。標高約1000メートルの権現山から展望が開けましたが、蒸し暑さで大気には霞がかかり、琵琶湖や比叡山はぼやけていました。そこからは久しぶりの極上稜線歩きです。ホッケ山ではたくさんの鹿が迎えてくれて、蓬莱山山頂が見え、四国山地の笹原の縦走路を思い出します。そして、晴れやかな気持ちで山頂へとたどり着きました。しかし、そこはスキー場の一部として山の東側斜面はリゾート開発された姿になっていました。ゲレンデをかけ降りて行くと、下はちょっとした遊園地となっていて、たくさんの子供たちが遊んでしました。その光景を眺めながら休憩をしていましたが、誘惑に負けてしまい、いくつかの遊びに夢中になっていました。気が付いたときには頭上に大きな雨雲が立ち込め慌てて下山しましたが、時すでに遅し、あっという間に土砂降りとなりました。30分ほどで雨はやみ、葛川(かつらがわ)の下山口へと沢沿いの登山道を急ぎ足で歩きました。足元は花こう岩でできていて、ザラザラと滑りやすい状態。そんなときに限って普段なら使用しない場面でトレッキングポールを手にしていました。斜めの大きな岩に足をかけた直後!足を滑らせて咄嗟に出した右手に負荷がかかり、ビビッと痛みが走りました。右手にはポールを持っていて、伸ばした小指、薬指、中指で体重を支えきれず、薬指に一番負荷がかかってしまったよう。直ぐにアイシング!と判断し、十分ではないが、沢の中に10分ほど手を冷やし、痛み止を飲んで、再び挙上をしながら歩き出しました。その間、様々なことが頭の中でめぐりました。後悔の念、旅のこと、翌日の登山のこと、琵琶湖の横断、病院のこと、骨折なのかどうか…など。夕方、4時半にどうにか下山し、小さな診療所へ汗だくのまま駆け込み事情を説明すると、専門医ではないが、レントゲンはあるとのことで撮影することができました。これで、骨折しているかがわかります。バン!撮影したレントゲン写真を見て、先生の診断よりも先に「あっ折れてますね!」と声が出てしまいました。なんとも言えない脱力感がありましたが、なんだかそれまでの後悔みたいな感情は意外と静まっていました。

武奈ヶ岳

8月4日、骨折から2日後に登山をするのは、非常識かもしれないが、旅を続けられない可能性がゼロでない限り、前へと進む決意しました。試運転となる山が登頂2度目の武奈ヶ岳(比良山)であったことに加え、鎖場やガレ場もなく、比較的登りやすいことが幸いでした。琵琶湖の西側は比良山からの花こう岩によって浄化された水と、一緒に流れてくる花こう岩の砂で、とてもきれいな湖岸が続きます。その中でも最も美しいと言われる近江舞子(おうみまいこ)から、緊張の中、武奈ヶ岳へと登りました。いつも以上にゆっくりと一歩一歩を確実に。その甲斐あって、前回は見ることのできなかった真っ白な花こう岩の特徴的な岩壁や長い年月をかけて変化を続けている湿原、雪深い比良山がもたらす清らかな水、そして一番驚いたのは芦生杉(あしうすぎ)の原生林を見ることがきました。屋久杉のような圧倒されるような存在感は無いものの、薄暗い山奥にひっそりと立ち並び、数百年もの間湿った重い雪にも耐え続けた姿に、一本一本に個性があるように見えました。その姿が今の自分になんだか重なった気がします。下山を終えてみれば、スタートの時の不安は無くなり、充実感に満ちていました。この感じなら、骨折部位の治りは遅くなるかもしれませんが、山を楽しみながら旅を続けていけると実感しました。

伊吹山

8月8日。伊吹山は国内屈指の純度の高い石灰岩質の山で、山は掘削により形を変え続けています。そのため、神の山として古来より信仰の対象とされてきた伊吹山ですが、時代の流れとともに、私利私欲のために存在する山へと変化と遂げてしまった象徴的な山だと思います。それを疑問に思いつつも、山を登る対象として考える自分も同罪かもしれません。きっといつかはその罰を背負わなければいけない日が来ると思います。そう思いながらも、伊吹山の夏を彩るたくさんの花たちに、たくさん人たちが感動し、また登りたい、美しくいい山だと感じるのも伊吹山の魅力なのでしょう。初めて周遊した山頂の散策路には、好きな高山植物シモツケソウが満開。その他にも十数種の高山植物が山頂を彩っています。山頂からの展望は相変わらずのいい眺めです。琵琶湖を眺めながらランチを済ませ、再び登ってきた道を下山しました。途中、六合目から急になる斜面を見上げ、やっぱり伊吹山は好きだなぁ~と振り返りました。

藤原岳

8月10日、骨折していなければ、鈴鹿山脈縦走を予定していましたが、残念ながら今回は叶いません。それでも少しは鈴鹿山脈の稜線歩きを味わいたく、山口登山口から頭陀ヶ平(ずだがひら)へ登り、天狗岩経由で藤原岳を目指すことにしました。蒸し暑さに耐えながら、急斜面を汗だくで稜線まで一気に登ります。稜線は濃い霧に包まれていましたが、火照った体にはちょうど良いです。苔むした石灰岩と灌木帯を霧が包み込み、鈴鹿山脈が幻想的な森の中を歩かせてくれました。天狗岩で霧が晴れるのを待ち、藤原岳を望むことができました。そこから藤原岳までは、草木の深い緑と点在する白い石灰岩のコントラストに感動しました。石灰岩の庭のような山頂台地も見事です。山脈からは、小さく見える御在所岳へと延びる鈴鹿山脈の大きさに見とれました。いつかは、ここを駆け抜けよう…そう思い下山しました。

御在所岳

8月11日、この山に登るのは2度目ですが、前回は武平峠(ぶへいとうげ)まで車道を歩き、濃霧と雨の中を登ったため、ほとんど景色を見ることは出来ませんでした。そのため、御在所岳は登り直したい山の一つとなっていました。御在所岳の登山口として選んだ朝明渓谷(あさけけいこく)を予定よりも1時間遅れで出発し、峠までかけ上がります。足元は昨日の藤原岳とは違い、花こう岩で出来ていました。奇岩が多いといわれる御在所岳がどんな感じなのか、ワクワクしてきました。主稜線が徐々に緩やかになり、登山道を囲む木々が低くなると、早速大きな花こう岩が現れました。国見岳手前のピークからは、山肌からつきだした奇岩がいつも見られ、屋久島宮之浦岳を彷彿とさせてくれました。国見岳の大きな岩によじ登ると、ようやく御在所岳が見えてきました。御在所岳もまた、東側が断崖絶壁となり、花こう岩が剥き出しになっています。御在所岳山頂とロープウエイ駅の間にある小さなスキー場を行き交う子供たちのはしゃぐ声も聞こえてきました。山頂は登山者よりも観光客の方が多く、前回とは全く違う雰囲気の中の登頂となりました。そして、初めて山頂からの景色を見ることができました。湯の山温泉への下山中に、ロープウエイのゴンドラから「ヤッホー♪」と叫ぶ子供たちの声に、「ヤッホー♪」と送りました。

能郷白山

8月19日、山間の朝はひんやりとしていて、気持ちよく出発。この山に登るのは3年振り。途中で白山神社に立ち寄り挨拶とお礼を伝えました。昨年開山1300年を迎えたそうで、白山を開山した「泰澄大師(たいちょうだいし)」が翌年に開山したそうです。白山と同じ白山権現が境内の御堂に祀られており、拝見することができました。徐々に勾配がきつくなる林道を歩き続け、標高710メートル地点の登山口に到着。前回は終始霧がかかり、遠くの山を見渡すことが出来ませんでしたが、今回は抜群の眺めでした。暑さと少し肌寒さが入り交じる風の中、前山から吊り尾根に入ると、間近に能郷白山と奥宮が見えてきました。午後1時に山頂到着。麓には根尾(ねお)の集落が見えます。明日登る冠山(かんむりやま)や伊吹山、白山もかろうじて見えました。その白山の大きさには驚きました。これまで2000メートルを超える山には登っていないので、1000メートル違うとこんなに違うのかと改めて実感しました。山頂までの登山道沿いにはいくつかの花が咲いていたが、この日一番目を引いたのは、リンドウです。特徴的な紫色の蕾がとても良いです。新しい鮮やかな山頂標識と一緒に記念写真を撮り、来た道を引き返しました。蝉時雨が響く中、白山神社にて無事の下山を伝え、この日の登山が終わりました。

冠山

8月20日、61座目となる冠山(かんむりやま)へは、冠山峠へと続く舗装された林道を登っていきます。起点からは10キロほどで峠となります。標高が上がるにつれて、雲行きが怪しくなり、国道の終点からかろうじて見えた冠山も、すでに雲の中に消えていました。予報よりも早く台風の影響が出始めていたようです。県境となる峠から登山開始となりますが、見えるはずの冠山は全く見えません。ここまで登ってきた61座のなかで一番真っ白な世界の中を歩くことになりましたが、マッターホルンのような特徴的な山容と展望が売りの山でここまで真っ白だと、なんだか気持ちがいい!昨日の能郷白山では顕著な秋の訪れを感じませんでしたが、冠山はナナカマドやブナ、カエデなどがすでに色づいています。たった2時間ほどの登山ですが気分は良いです。峠は霧雨が降っていたので、休む間もなく福井県側へと林道を下りました。冠山は僕にとって幻の山となりました。

経ヶ岳

8月26日、白山信仰の入り口の一つ、越前馬場「白山平泉寺(はくさんへいせんじ)」に立ち寄りました。ここは養老元年に泰澄大師(たいちょうだいし)によって開かれ、最盛期には周囲に六千坊八千の僧兵がいたといいます。今日これから登る経ヶ岳も平泉寺と深く関わりがあり、経典の入った経筒(きょうづつ)が山頂から見つかったことで、経ヶ岳となったそうです。たくさんの修験者が歩いた越前禅定道(えちぜんぜんじょうどう)を経由して、一度林道に出てから、登山口を目指しました。登山口から標高差700メートル程だったので、比較的楽だろうと少し油断していましたが、保月山(ほづきやま)への登りで容易くはないと直ぐに悟ります。大昔の火山活動でできた山だけあり、尾根道は険しく東側が崩れ落ちていました。麓からは分りませんが、経ヶ岳へと続く尾根道を歩いていると、紛れもなく大きな噴火口だったことに気が付きます。経ヶ岳への急斜面に「うわ!!あそこを登るの!?」と中岳への緩やかな登山道を歩きながら声が出てしまいました。気力が切れる前に登りきるため、休まず最後まで登りました。山頂からは勝山や大野が見え、正面には次の山「荒島岳」、道なき山「野伏ヶ岳」が見えました。白山は雲に隠れて見えません。1300年の長い歴史の断片に触れる山が目前に迫っています。

荒島岳

荒島岳は4年ぶり、前回は登る前の評判に少し心がかき乱されていましたが、実際に登って見るとその評判は一蹴され、ダイナミックな白山や霞む北アルプス、眼下の大野市の水田の輝きが今でも目に焼き付いています。8月27日、季節は初秋。水田の稲は金色に染まっています。前回とは違う景色が見られそうで、楽しみにしながら中出(なかいで)コースの登山口に向かいました。中出コースは序盤こそ急登ですが、ブナ林が広がると気持ちいい登山道となります。眺めのいい小荒島岳で休憩したら、しゃくなげ平を経由して、このコース一番の急登「もちが壁」へ。そこをクリアするとようやく山頂となります。日本海側にかかる秋雨前線の影響で、白山や北アルプスは望めませんでしたが、大野市の金色の水田を眼下に見ることができました。遠くには能郷白山も♪そうして、勝原へ下山しました。荒島岳もまたいい山だ。

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