田中陽希さん「日本3百名山ひと筆書き~Great Traverse~」(42)

  1. ホーム
  2. > 日本3百名山ひと筆書き
  3. > 田中陽希さん「日本3百名山ひと筆書き~Great Traverse~」(42)

 斜里岳

6月2日、清里町の宿泊施設から早朝5時過ぎに出発。7時過ぎに標高680mの登山口に到着。登山口の神社で手を合わせ、7年ぶりに登らせてもらえることへの感謝を伝え、出発しました。清里町側の登山道は、中腹から沢沿いを登る旧道と、尾根を登る新道に分かれます。地図には「水蓮ノ滝」「羽衣ノ滝」「七重ノ滝」など、名がある滝がいくつも連続しています。登山道はその脇を通過しており、旧道コースはまるで沢登り。当然、水量が多くなれば渡渉を繰り返すこのコースは危険が増してしまうため、迂回路として新道が設けられたような感じです。渡渉を繰り返しながら標高を上げ、1000m付近からは沢底を雪渓が覆いつくし、大きなスノーブリッジに。雪渓の下を流れる水の音の大きさを頼りに警戒しながら慎重に歩を進めます。最後の長い滝を登り切ると、赤褐色の沢は一気に細くなり、馬の背前の胸突き八丁へと差し掛かりました。雪渓の急斜面を登り切ると、主稜線へと合流。そこから、20分ほどで登頂。眼下には斜里平野、そして、先日登ってきた羅臼岳を含む知床連山までを一望。弓なりに続くオホーツク海の海岸線も見渡せました。1時間半山頂でのんびりと過ごし、雲が多くなり始める12時前に下山しました。

阿寒岳

6月6日、阿寒湖畔の宿から、早朝に出発。小さな富士山のような形の雄阿寒岳。太郎湖と次郎湖を過ぎると、早速急斜面に。道中展望はほぼなく、樹齢数百年はあろうかというエゾマツの巨木が山の主のような感じで山の中腹まで続いています。標高900mからがこの山最大の急斜面で、1200mの五合目まで直線的に登っていきます。実はこの山「合目」が変わっていて、「四合目」で半分以上、「五合目」で8割登頂。前回はそれに戸惑いながら一喜一憂しましたが、今回はしっかり覚えていたため、平常心。むしろ、「相変わらずだな~」と笑みがこぼれました。10時30分、山頂に到着。距離を取りつつ、山頂からの景色を7年ぶりに堪能しました。天候にも恵まれ、山頂からは大きな阿寒カルデラのほぼ中央部にこの山があることを始めて認識することができます。そして、雌阿寒岳とはだいぶ距離があり、それぞれしっかりと独立した山であることを再認識。明日は別世界の雌阿寒岳へ。


6月7日。朝を迎えたばかりの阿寒湖畔、鈴の音響かせ、まずは白湯山へ。中腹にはボッケという泥火山があり、山頂部には雄阿寒岳と阿寒湖が良く見える展望台もあるそう。スキー場から白湯山への散策路に合流。温泉の独特な匂いが届くとお待ちかねのボッケ郡がボコボコと音とともに出現。谷間に湯気が上がり、灰色の泥が高温であることがよくわかります。そこから急斜面を登り切ると、もう一つの目的地展望台へ。阿寒湖と雄阿寒岳が良く見え、進行方向には遠く雌阿寒岳も見えます。一度林道に合流し、8時に雌阿寒岳の登山口をスタート。序盤は立派なエゾマツ、トドマツの森が続き、緩やかに標高をあげていきます。標高1000m付近からハイマツへと切り替わり、ハイマツのトンネルが延々と続きます。時々切れ間があり、雪国の「トンネルを抜けると雪国だった」のように、目の前にそそり立つ剣ヶ峰の岩壁が飛び込んできます。トンネルを抜けるとその先に目指す雌阿寒岳と、赤茶けた荒涼とした山肌が露わに。一番大きな火口の中には小さな火口があり、そこから立ち昇る噴煙が風になびいています。遠くから雪のようにも見える白い斜面を登り、9合目を過ぎると、なんとも神秘的な色を持つ青沼がある別の火口の淵へと登りきります。そして、ゴーゴーブォーブォーと激しい音共に噴煙を上げる噴気口に目を奪われながら、山頂へと到着。昨日の雄阿寒岳とは全く異なる山であることを、山頂に立つことで強く感じることができました。

ニペソツ山

6月11日、4時半に幌加温泉を出発。登山口には山頂まで12.5㎞と書かれた看板がありますが、実測はそれよりも短いよう。標高1300m付近から傾斜が緩やかになり、雪渓が残る針葉樹林の中を散策するように登っていきます。標高1500m付近の崩落地で、ようやく目指す二ペソツ山とご対面。前天狗岳直下の急斜面から雪渓を登ることとなり、前爪のあるアルミアイゼンを装着し休み休み登ります。背の低いハイマツの間には点々と見ごろを迎えたキバナシャクナゲが。夏山シーズン到来です。前天狗岳山頂に立つと、6年前に初めて同じ場所からニペソツ山を見たときのことを思い出しました。大雪山系の奥深くにこんな見惚れる山があったとはと、感動したのを覚えています。そこからは疲れも忘れて、高揚感とともに上機嫌。天気も相まって快調な足取りです。天狗岳の直下をトラバースし、正面にニペソツ山を見ると、さらに険しさと岩肌むき出しの荒々しさがビシビシ伝わってきました。勢いよく最低コルへ駆け下り、最後の300mの急斜面の登り返しへ。出発から4時間40分、登頂。山頂からは、正面にトムラウシ山。それを中心十勝連峰大雪山系がずらりと連なっています。山頂でのんびりと、早い昼食を取りながら過ごしました。前天狗岳から、最後の雄姿をしっかり眺め、幌加温泉へと下山しました。

十勝岳、オプタテシケ山

6月26日、十勝連峰大雪山系縦走へ出発の朝。7泊8日の計画でこの旅最後となる縦走、背負う荷物の重量は30キロにもなります。5時半、原始ヶ原登山口までの13キロを小走りで進みます。出発から1時間半で登山口に到着。まずは花の百名山でもある富良野岳を目指します。途中、キンキンに冷えた泉で火照った身体を潤し、1時間ほどで原始ヶ原に到着。原始ヶ原からは反り返るような富良野岳への急斜面が続き、雪渓も多く、重い荷で体力の消耗が激しくなりました。ヘロヘロになりながらも12時半に富良野岳へ登頂。そこからさらに三峰山、上富良野岳、上ホロカメットクと縦走し、初日の宿泊地となる上ホロ避難小屋のキャンプ指定地に15時前に到着しました。


6月27日、上ホロ避難小屋のキャンプ指定地を6時に出発。他の登山者の方からいただいた声援に手を振って見上げる十勝岳へと歩き出しました。十勝岳に登るのは7年ぶり。噴火警戒レベルはレベル1、自分の記憶の中の噴煙より多い印象を受けながら、石車が続く最後の斜面を登り終えました。晴れた十勝岳山頂に立つのは久しぶり、朝一番の清々しさがありました。次に目指すのは15年ぶりとなるオプタテシケ山。広大な草花の無い台地が広がり、火山である美瑛岳の荒々しい山肌が圧倒的。その奥にまだまだ遠いオプタテシケ山が小さく見えています。美瑛岳直下でイワウメの群落に感動。美瑛富士を回り込み、オプタテシケ山へと登り返します。活火山の中心から遠ざかるにつれ、草花は豊かになります。午後1時にオプタテシケ山に到着。十勝連峰最北の山からは明日足を踏み込む大雪山系の山並みも見えています。ここからトムラウシ山までの道のりは初体験。いつかは十勝連峰から大雪山系へと自らの足で繋ぎだいと思っていたのが、ようやく実現します。十勝連峰を最後にもう一度眺め、眼下に見える双子池キャンプ指定地へと下りました。

トムラウシ山

6月28日、2時40分に起床。早く起きたのには理由があり、昼から雷雨予報が出ていたため。縦走3日目は計画通りには行かなそうなので、今日の目的地はトムラウシ山山頂直下の南沼キャンプ指定地に変更。予報に反して天候が安定していれば当初の計画通りに進む、という心構えで4時20分に出発。最初のピークに出ると眩しい光とともに、トムラウシ山のシルエットが浮かび上がる感動的な景色。とても数時間後に、雷雨となるようには思えない朝です。気持ちよく歩き続けていると、40センチ以上にもなる真っ黒で大きな羆の糞を発見。このあたりに大きな羆がいることを裏付けています。ツリガネ山を越えると、トムラウシ山を包み込むように雲がどんどん発生。時刻はまだ8時前です。その時いた場所は、周りに自分の場所よりも高い山がない開けた尾根の上。標高は上がりますが、尾根を三川台へと登りました。9時前に三川台直下に到着。ちょうど登山道脇にテント一つ分張れるスペースがあります。直ぐに最新の天気予報を確認すると、昨日の予報よりも天候の崩れが2時間も早まっていました。出発から4時間半、三川台直下にて緊張ビバークを決断。
6月29日、6時前に緊急ビバーク地を出発。すぐに三川台の分岐へと合流しました。どっしりとした山並みと広大で平坦な尾根が続き、昨日までの十勝連峰とは違う景観と雰囲気です。ここから大雪山系が始まることがよく分かります。カール地形を眼下に、昨日宿泊予定だった南沼キャンプ指定地へと進みます。南沼キャンプ指定地まで来ると、山頂はもう目の前。誰もいないキャンプ地を抜け、雪渓から流れ出る1.6度の凍てつく水で顔を洗い、山頂へと登りました。朝8時、7年ぶり2度目のトムラウシ山に登頂。山頂でのひとときを過ごし、前回は真っ白だった北沼、ロックガーデン、日本庭園へとゆっくりゆっくり進みます。谷間にあるヒサゴ沼はとても静かな場所で、電波もなく外界から途絶された場所。風が抜ける度に水面が優しく揺れて波紋が広がります。キャンプ指定地にて就寝しました。

石狩岳

6月30日、縦走5日目は、雷雨のためヒサゴ沼避難小屋にて停滞を決断。7月1日は、297座目の石狩岳へ登るため、大雪山系の主稜線から外れ、宿泊地となる沼ノ原キャンプ指定地を目指します。まずはヒサゴ沼から化雲岳山頂へ。五色岳から広い尾根を沼ノ原へと下っていきます。そうして、低くなる雲に合わせるように、標高1450メートルまで下がりました。沼ノ原に出ると、大小の池塘が点在する湿原が広がり、地図からの印象よりもすごく広大に感じます。大沼の畔でテントを張り、のんびり過ごしました。
7月2日、往復15時間のコースタイムのため出発は5時前。テントに必要の無い装備を残したため、背負う荷物の重さは15キロ程に。沼ノ原から200メートル程標高を下げて、根曲がり廊下へと入りました。6年前も同じルートでしたが、チシマザサが生い茂り、掻き分けて進んだ場所でした。今回も覚悟をしていたら、刈払いされてキレイな登山道が続いていました。おかげで最低鞍部までコースタイム3時間ほどが、1時間に短縮。そのままの勢いで標高差600メートルのニペの耳までもコースタイムの半分以下で登り切りました。石狩岳を含む東大雪山や東の空は晴れ、かっこいいニペソツ山や、遠く阿寒の山々も見えていました。そこからは細かいアップダウンが続く岩稜。出発から3時間50分で、無事登頂。1時間半ほどゆっくり休憩し、3時間で沼ノ原に帰ってきました。

大雪山

7月3日、縦走8日目。夜明け前に目が覚めて外にでると、素晴らしい空が広がっていました。鏡のような大沼に自分のテントとトムラウシ山が写り込み、夜明け前の深い青の空に赤い色が東側から差し込むように染めています。5時半に沼ノ原を出発。五色ヶ原に8時過ぎに到着。五色岳から忠別岳を越え、コマクサの大群落や、ここまで見かけなかった高山植物を見つけては足を止めて観察し写真撮影。学生時代から憧れていた高根ヶ原を気分よく歩きました。午後1時過ぎに白雲岳避難小屋に到着。明日はいよいよ縦走最終日です。


7月4日、2時前の空は満点の星空。3時半に出発。まずは白雲岳の肩へと登りました。さらに進むと朝日が大雪山中心部を照らし、足元の雪渓がキラキラと輝きます。興奮気味に北海岳へと登ると、立ち入りができないお鉢内部とお鉢の奥に、最高峰の旭岳が見えます。お鉢を間宮岳方面へ。間宮岳手前で分岐となり、裏旭キャンプ指定地に下りていくと、旭岳の南斜面から霧が発生。とにかく、回復することを信じ最後の斜面を登りました。真っ白な霧の中に目的の山頂標識が見えましたが、依然状況は変わりません。午前6時過ぎ、大雪山に登頂。「晴れろー晴れてくれー」の声が届いてくれたのか、30分後ブロッケン現象が発生し、包み込んでいた霧が一気に晴れました。眼下には噴煙を上げる地獄谷と懐かしい姿見池。トムラウシ山に高根ヶ原、お鉢、そして、299座目となるニセイカウシュッペ山も見渡すことができました。その後黒岳にて6年前にお亡くなりになった谷口ケイさんに別れを告げて、層雲峡へと下山しました。

<過去の記事>

  • 入会お申込み
  • 講演会のお知らせ
  • ネットショップ エマグストレージ
  • メールマガジン受付
  • JROチャンネル
  • JRO×ココヘリ一括入会プラン
  • ヤマモリについて
  • 山と自然のネットワークコンパス Compass

田中陽希と学ぶ jROの山岳遭難対策制度