田中陽希さん「日本3百名山ひと筆書き~Great Traverse~」(39)

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 2021年

2021年1月1日は静かな朝。外は雪。夜明け前の薄暗がりの中、先に起きていた母と「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。」と言葉を交わします。実家で新年を迎えるのは、2017年以来のこと。その後、愛犬のハル、そして父に新年のあいさつをしました。父がネットで注文したおせち料理が机に並び、いつもよりも少し遅めの朝食。母が作ってくれたお雑煮をいただきながら、新年のニュースを見ました。ゆったりとした時間が流れ、朝食後はニューイヤー駅伝。昨日の走り納めの疲れもあり、元日の走り初めは明日に延期としました。正月元日くらいはのんびりしてもイイでしょう。
1月2日、翌日に家族で麓郷神社まで歩き、この地の神様へ新年のあいさつをすることができました。2021年の抱負は「万感のゴール」に尽きます。それでは皆様、本年もよろしくお願いいたします。

実家生活3カ月

2月21日。あっという間に実家での3か月が経過。11月20日、暑寒別岳を登頂後、160キロを歩き富良野市へ。3百名山の旅をスタートさせて以来、初めて故郷の地を踏みました。3百名山は「日本の四季を歩く」がテーマの一つ。北海道の冬も例外ではありません。しかし、12月から2月までの最も厳しい3か月、山は一度も数日の好天がありませんでした。予報通りに山が姿を見せてくれた日が何回あったでしょうか。遅くに晴れ、早くに曇り、冷たく強い北西風とともに、雪を着々と蓄える故郷の山々を麓から見る日々が続いていました。「一つ一つの山を丁寧に登る」を、ここまでできる限り実践してきましたが、「北海道の冬山で実践するには膨大な時間が必要だ」と、久しぶりの北海道の冬を実家で過ごす中で感じていました。実家での日々は同じことの繰り返し。6時半から7時過ぎに起床。朝食。8時から掃除洗濯や薪運搬、雪かき、昼食、休憩、トレーニング(1時間~2時間)、夕食、入浴、就寝。この冬は例年よりも多い降雪と積雪のためか、2日に1度は雪かきをしていたように感じます。それでも、富良野市は夕張山地があるおかげで、山向こうの石狩や空知地方よりも積雪は少ないほう。岩見沢では観測史上最高の積雪を今月中にも記録しそうだ聞きました。雪かきは平均して2時間くらいかかるおかげで、上半身の筋力がこの3か月間でかなり増えました。毎日同じことの繰り返しではありますが、両親と数か月にわたり生活を共にするのは2007~2008年の冬以来のこと。大学卒業後、イーストウインドのメンバーとして群馬県を中心に親元を離れての活動。実家への帰省はいつも数日でした。20代の大半が国内外のアドベンチャーレースに挑戦する日々を過ごし、30代は歩き登り漕ぎ続けてきました。自分自身も心身ともに変化し成長してきたこの十数年。同時に両親も変化していたことを、共に過ごす中で感じています。この先のそれぞれの人生で、同じ時間を共有できる機会はどれくらい残っているかとふと思います。それだけに、良し悪しはあるものの、この3か月間は自分の人生にとって貴重な時間となりました。厳しい冬が落ち着き、山が迎えてくれる条件が整うまで、もう少しだけ実家での生活は続きます。

スキートレーニング

3月19日。サイズ85L重量20㎏を超えるバックパックを背負い、スキーを履き、雲がかかる富良野岳方面へ。3月に入り、連日4月並みの気温。日によっては5月並の日も。湿った重い雪がスキーにまとわりつく中、南風に支えられながら歩を進めました。3時間かけ原始ヶ原登山口に到着。上空を行く雲が少しずつ厚くなり、その後は雪となります。予報は外れ、降雪は時間とともに強くなり、吹雪は夜遅くまで続きました。薄暗くなる原始ヶ原に到着したのは出発から6時間後。暗くなる前にイグルー(雪ブロックを積み上げたシェルター)を作り終えたかったため、適当な場所で一日目の行動を終えることに。イグルーは1時間30分ほどで完成。実はイグルーを一人で作るのは初めての経験。今回の1泊2日のスキー縦走トレーニングでの目的の一つでもありました。標高1000m以上は気温も低く、イグルー内も真冬のような寒さです。中の最低気温は-8.5℃。雪で雑音が吸収され、室内にはラジオの音だけ。寒さをしのぐため早々に寝袋にくるまった。-18℃まで対応の寝袋を携帯してきてよかったと心底感じながら、眠りに落ちました。
3月20日、室内が明るくなり自然と目が覚めました。昨日の吹雪から一転、快晴の朝。丹精込めて作ったイグルーを壊してから、当初の宿泊予定地だった五反沼へ再びスキーを履き進みます。一面の銀世界。真っ白な十勝岳連峰が屏風のように威風堂々としています。その後、原始ヶ原を離れトウヤウスベ山へ。広がる展望に満足しながらも、遠に日高山脈が見え、緊張感が高まりました。トウヤウスベ山から縦走で、このトレーニングの最終目的地の大麓山へ。この山は、故郷の山であり、土地の名の由来にもなった山。しかし、この山は大部分が私有地であり、麓郷側からは気軽に登ることができないため、今回は国立公園でもある原始ヶ原側から1泊2日で登りました。今回の道のりは登山道がないため、積雪期のみ可能となるルート。小学5年生の時に登頂して以来2度目、26年ぶりに山の頂に立ちました。眼下には故郷が広がり、その奥には広大な富良野盆地、そして、夕張山地が見えます。さらに一番遠くには、思いがけず暑寒別岳も。長居はせず、下山は上昇する気温とともに緩む雪に注意を払いながら、ケガをしないようにのんびりと帰宅しました。

最終章へ

4月1日。実家での131日にも及ぶ一時停滞が明けます。今日から残り18座となった旅が動き出します。スタートから3年3ヶ月。何度目の再スタートになるだろう。部屋は片付けられ、身支度を終えた荷物が片隅にまとまっています。昨日までとは違う緊張感。何か落ち着きません。早めの昼食をとり、20キロを超えるバックパックをずしりと背負います。父と母、それぞれに握手を交わし外へ。愛犬に「父ちゃん、母ちゃんよろしくな。」と一言。「ありがとう!行ってきます。」故郷を旅立ちました。道端の野花が、長い冬の終わりを告げています。桜並木が続く麓郷街道を下ると、これから足を踏み入れる夕張山地が迎えてくれました。山からの冷たい風が、山はまだまだ厳しいことを伝えています。はやる気持ちを静めるように、富良野西岳の麓にある宿へ。久しぶりの感覚を確かめるような一日となりました。

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