田中陽希さん「日本3百名山ひと筆書き~Great Traverse~」(21)

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甲武信ヶ岳、国師ヶ岳、金峰山

9月1日、三徳から甲武信ヶ岳の登山口とへと出発。4日ぶりに戻る奥秩父主脈縦走路1日目は西沢渓谷入り口から徳ちゃん新道を登り、甲武信小屋まで、一気に標高を上げます。日中雲は晴れることなく、初めて宿泊する甲武信小屋には予定より大幅に早く、14時前に到着しました。
9月2日、朝食を食べていると、甲武信小屋を照らすように、東の空から太陽が登りました。支度を整えて、早速、甲武信ヶ岳へと登頂。朝一の山頂からは、これから歩く奥秩父の縦走路や富士山が見えました。甲武信ヶ岳から次の国師ヶ岳までは、シラビソやツガの樹林帯を歩きます。途中で一度縦走路を外れ、日本一長い信濃川の源流に立ち寄りました。ダケカンバの根元から途切れることなく湧き出る流れが、日本一の川の始まり。再び縦走路へと戻り、国師ヶ岳までは誰とも会わない静かな時が続きました。昼前に国師ヶ岳に登頂。山頂は雲に包まれていましたが、風があり、時々周りの山が顔を出しました。奥秩父最高峰北奥千丈岳にも寄り道し、大弛峠へと下りると、たくさんの車とバイク。ほとんどが金峰山への登山者ばかりで、にぎやかな道のりです。金峰山へと向かっていると、トラブル発生!ザックの後ろにくくりつけていた薄手の防寒ジャケットが無くなっていました。化繊の中綿が入った軽量の防寒ジャケットは、特に秋へと入るこの季節には欠かせない装備の一つ。これまで長きに渡って一緒に旅をしてきた装備のため、思い入れもあります。朝日岳から20分もかからずに大弛峠まで戻ったものの結局見つかりませんでした。肩を落として金峰山への最後の坂を登りながら、自分の落ち度を悔いて、無くなったことは自分の責だと追い詰めました。「まぁ仕方がない、拾った人が大切に使ってくれているだろう」と心の整理がつくと、金峰山を包んでいた雲が晴れて、5年前に全く見えなかった五丈岩や周りの山を見渡すことができました。雲の切れ間から差し込む日差しが気持ちよかったです。

瑞牆山

9月3日、奥秩父主脈縦走最終日は206座目の瑞牆山へ。これまでの山々とはひと味もふた味も違う山。まさに自然が作り出したサグラダファミリアのように見えます。朝一、もう一度金峰山へと登り、昨日は見えなかった富士山を山頂から見て、瑞牆山へと続く縦走路を進みました。大日岩から一度富士見小屋へと下がり、そこから沢を渡って、瑞牆山へ登ります。岩を登るように標高をぐんぐん上げていくと、あっという間に山頂の岩の上。昼時ということもあり、たくさんの登山者で山頂はにぎわっていました。少しの間は晴れていましたが、気温の上昇と共に雲に包まれてしまいました。少しスケジュールにゆとりがあったため、再び晴れるのを待っていると1時間ほどで晴れました。山頂での時間を満喫し、麓の宿へと下山。南アルプスと富士山、3000メートルを超える山を全て登り終えたことで、少し気持ちにゆるみがありましたが、気持ちを新たにするいい縦走となりました。

御座山

9月5日、4年前もお世話になった立岩荘から、南相木村側の登山口を目指します。登山口には、4年前はなかった面白く分かりやすく描かれたルート地図の看板がありました。下調べをせずとも、この看板を見れば御座山の楽しみ方がよーく分かります。中には登山道にかかる倒木が「ん」という文字に見える場所もあるそうで、くぐれば開運となるそう。その他にも花や大木なども見所とありました。南相木村側の登山道脇には、予想通りまだまだたくさんの花があり、ソバナやアザミ、マルバタケブキなどもまだ咲いています。一番楽しみにしていた「ん」の倒木は、お手本のような「ん」で、この日一番の興奮だったかもしれません。出発から1時間ほどで御岳神社に到着。鞍部から登り返し、避難小屋から岩稜を辿って、懐かしい山頂へ。4年前は強い風雨ですぐ避難小屋へと引き返しましたが、今回は山頂でコーヒーを飲みながら2時間ゆっくりと過ごしました。初めて下る北相木村への登山道沿いにはたくさんのキノコが育ち、御座山にも着実に秋が訪れていることを感じました。

諏訪山

9月7日、台風の接近にともない朝から蒸し暑く、予報よりも雲が多いです。登山口に着く頃にはすでにしっかりと汗をかいていました。三笠山への参道口でもある楢原登山口にはお堂があり、天台宗修験道御嶽山法流三笠山普寛堂と看板が。これから登る三笠山は、御嶽山で修行された修験者が開山したそう。山中にはたくさんのお堂があり、御嶽山でも見られる権現様や菩薩様などの仏様の石碑が祀られているといいます。本格的に三笠山への険しい登りが始まるまでは、比較的平坦な尾根道を細かくアップダウンを繰り返しながら登ります。三笠山が木々の隙間から見えると、ロープやハシゴが設置された岩尾根がスタート。慎重に登りきると、三笠山の山頂にもお堂があり、御嶽山と同じ三笠山刀利天王が祀られていました。三笠山から一度下りて、再び樹林帯になり、しばらくすると少し開けた諏訪山の山頂。蒸し暑さがあったためか、予想よりも雲が多くて低かったためか、登頂しても気分がぱっとしませんでした。これで無事に、諏訪山までの広大な秩父山地の山を全て登り終えることができました。

袈裟丸山

9月12日、夜明け前の4時半に宿を出発、まずは登山口までの13キロ、標高差は800メートル。登山口に7時前に到着、上出来の時間です。軽く腹ごしらえをしてから、早速登り始めました。富士山が見えるほどの秋晴が、ハードな1日を後押ししてくれています。登って30分ほどで谷間が開けた尾根へ。見上げた先には、すでに前袈裟丸山が見えました。霞の無い透き通った青が心地よいです。途中の賽の河原には展望台があり、その横には袈裟丸山の由来が書かれていました。賽の河原を抜けて、黄色いかまぼこ型の避難小屋の前を通り、小丸山の山頂からは、前袈裟丸山、後袈裟丸山、中袈裟丸山、奥袈裟丸山が等間隔に並んだ姿や、皇海山、日光の山々を見渡すことができました。小丸山から30分ほどで、今日の目的地、前袈裟丸山に到着。日中も最高な秋晴が続き、下山も少しずつ色づき始めた木々に秋を感じました。下山後は、残りの体力を振り絞り、宿までの19キロを走りました。
9月13日、袈裟丸山最高峰、奥袈裟丸山へと続く群界尾根登山口に向かいました。予定通り7時前に登山口を出発。空模様は曇天ですが、笹原の尾根をぐんぐん登りました。標高が上がるにつれて、頭上の雲が近づいてきます。後袈裟丸山に登頂する頃にはすっかり雲に包まれてしまいました。後袈裟丸山から先は、短い間隔で中袈裟丸山、奥袈裟丸山と続きます。地図は実線ですが、これまで歩いてきた登山道とは状況が違います。登山道は狭く、石楠花などの灌木に覆われています。コースタイムは1時間15分とありましたが、実際は1時間10分も。奥袈裟丸山から六林班峠までは破線…コースタイムは3時間、縮めることは難しいかもしれません。奥袈裟丸山から六林班峠~皇海山へと縦走を予定していましたが、六林班峠から銀山平の登山口まで、皇海山を登らずに下山することを決断しました。

皇海山

9月14日、まずは昨日下山してきた林道をせっせと上ります。谷間から見上げる空は青空。今回のルートは庚申山~鋸山~皇海山へと縦走します。庚申山や皇海山などの山々は、古くから猿田彦大神様が守ってきた山。一の鳥居を通り、たくさんの丁石や言い伝えが残る鏡石や仁王門に歴史を感じながら、庚申山荘へと到着。庚申山山頂までの道のりは想像以上に険しく、鎖場やハシゴがかかる行場を思われる岩場が続きます。山頂はそれまでとはがらりと変わり、穏やかな灌木の中にありました。山頂を過ぎると雲が晴れ、足尾山塊の山々や日光の山々が顔を出しました。鋸山への道のりは、この日一番緊張する場面に。崩れやすい岩壁を、長い鎖とロープを頼りに、何度も登り下りを繰り返します。予定よりも時間がかかりましたが、鋸山まで無事に登頂し、群馬県側からの登山道と合流、山頂までの最後の登りを駆け上がりました。青空がなくなる前に210座目皇海山に5年ぶりに登頂しました。「皇海山の山頂はブルースカイ♪」と叫びました。下山は、予定よりも1時間ほど遅れていたため、集中しながらも慎重に、4時間ほどで銀山平に到着しました。

男体山

9月17日、男体山へと登る朝は、待ってました!というような快晴。赤い大鳥居にて一礼し、見上げると男体山も山頂まで見えています。二荒山神社中宮が登拝口となり、開門は6時から。男体山をご神体とする本殿にて手を合わせてから、受付にて登拝料を納め、入り口から勢いよく登りだしました。登り始めからの急斜面は序盤三合目まで続き、四合目からは九合目まで、猛烈な登りが続きます。さすが修験の山、登るだけで修行、山が脇目をふらせてくれないほどの斜度です。無心となり五合目、六合目、七合目と一心不乱に登り続けました。途中、気づけば雲ひとつなかった空には、低い雲がかかり、展望は全くなくなりました。九合目を過ぎると、火山らしいスコリアの斜面となり、山頂がチラチラと見えてきました。出発から2時間ほど、5年ぶりに無事登頂。奥宮で登頂の挨拶をし、晴れるのを20分ほど待ちました。これから向かう女峰山は隠れたままですが、白根山や太郎山、尾瀬方面の山々は一気に雲が晴れていきました。実はこの日、男体山の後は女峰山~小真名子山~大真名子山と登る予定でしたが、天候によりスケジュールを変更、女峰山は19日に登ります。

女峰山

9月19日、奥日光には2000メートルを超える山が多数あり、今回はその中の4座を登ります。百名山の男体山を父、二百名山の女峰山を母、三百名山の太郎山を長男とし、その三座に囲まれるように大真名子山が次男、小真名子山が三男の家族となっていると言われています。「日光山ファミリー」と題し、全山登頂をすることを決めました。男体山を登り、2日ぶりに女峰山へと出発。天候回復を待った甲斐があり、素晴らしい秋晴の中を女峰山、小真名子山、大真名子山、そして、太郎山を登りました。さすがの修験の山々、一つとして楽に登れる山はなく、太郎山を登り終えた時には、久しぶりに膝が笑っていました。どの山からも素晴らしい奥日光の景色や尾瀬、遠くは富士山やアルプスの山々まで見渡すことができ、奥日光の大家族からたくさんの歓迎いただけたようです。

日光白根山

9月20日、これから奥日光最高峰の日光白根山へと登ります。禁漁間近ということで、早朝から湯ノ湖にはたくさんの釣り人がいます。修学旅行で賑わう湯元から、スキー場内の林道を登りました。外山までの修行のような登りに入ると、息は上がり、上を見上げる余裕もなくなりました。我慢我慢と歩みを止めずに登り続け、30分ほどで急登終了。そこから、前白根山へと緩やかに登り、太陽の日差しが差し込む場所で一休み。前白根山の手前から森林限界となり、視界が開けて荒々しくも凛々しく見える日光白根山がドンと現れました。前白根山へと冷たい風を感じながら歩いていると、足元には季節外れのコマクサが。今季最後の夏を感じるとともに、これにはビックリ。五色沼を囲む外輪山を歩き避難小屋へと下りた後は、再び登りが始まり山頂へ向けてぐんぐん標高を上げていきます。振り返ればチラリと中禅寺湖が見え、男体山から続く奥日光の大家族が仲良く並んでいました。山頂には出発から3時間半で登頂。平日でしたが、初秋の山を楽しみに登ってきた登山者は思った以上にたくさん。1時間ほど山頂でコーヒーを飲みながら、初秋のひと時を味わいました。

会津駒ヶ岳

9月25日、今日から尾瀬周辺の山を登ります。5年ぶりの会津駒ヶ岳へ向かうため、七沢山荘から懐かしい檜枝岐村への国道を走りました。今回はブナの天然林が美しいというキリンテ登山口から、大津岐峠へと登り、縦走して山頂を目指します。登り始めて直ぐにブナ林が広がります。朝日が差し込むと、ブナは白く輝き、美白が際立ちます。ブナ林といえばキノコの宝庫、至るところから頭を出していました。標高が上がるとともにブナ林から灌木帯に、そして色づく峠へと出ました。しかし、山頂へ続く稜線は、北側からの強く冷たい風の影響で雲に包まれてしまいました。晴れの望みを捨てずに池塘や草紅葉が点在する稜線を歩きました。駒の小屋を通過し、15分程で山頂に到着。5年前に登った時「会津駒ヶ岳の良さは中門岳への景色にある」と教えてもらったため中門岳へ。木道の途中で晴れるのを待っていると、思いが通じたのか一時晴れに。その一瞬でも、中門岳へと足を延ばして良かったと実感しました。下山を開始すると、ギリギリでしたが会津駒ヶ岳にも青空が広がりました。最後は気持ちも晴れ晴れして、檜枝岐村へと下山しました。
帝釈山
9月26日、宿から登山口の馬坂峠までの林道は約15キロ、下山後はまた宿へと戻るため林道だけで往復30キロにもなります。今回の帝釈山は「ピクニック」がテーマ。ホッドドックを作ることにしました。秋晴の登山が気持ちいいこの季節に、この旅初めてピクニック気分で登りました。山頂まではわずかに20分ほど、4年ぶりの山頂からは見事な景色が広がっています。気持ち良すぎる展望にのんびりと過ごしました。満足したところで田代山湿原へ。いつもの針葉樹を抜けて、弘法大師様に手を合わせ、湿原の入口ベンチに腰掛けました。ザックを下ろし、中から材料を取り出して、湯をわかし、コーヒーを飲みながら、ソーセージをボイルして、ホッドドックを作ります。風は穏やかで昨日よりも日差しは暖かく、最高のピクニックです。ボリューム満天のホッドドックを頬張りながら、ここでものんびりと静かな時を過ごしました。昼寝もしたいところですが、サッと片付けて山頂稜線とは思えない広大な湿原を一周し、再び帝釈山へと戻りました。山頂から次の山、平ヶ岳と燧ヶ岳を目に焼き付け、馬坂峠へと下山しました。

燧ヶ岳

9月27日、御池から燧ヶ岳へと登り、再び御池へと戻って平ヶ岳の登山口の山小屋へ向かいます。今回、燧ヶ岳へのルートで一番優先したかったのは、5年前に御池側へと下山した時に、熊沢田代から見た景色。あの湿原と池塘の間を抜けていく木道と、その先にそびえる燧ヶ岳をもう一度見たかったためです。大小の岩がゴロゴロと顔を出した急な登山道を登って行くと、最初の田代に。見上げると、まだ燧ヶ岳は見えず、明らかに急な登山道になる山壁が見えました。たおやかさは無く、大きな階段をよじ登っていくような感じです。もう一段登りきると、ようやく目的の熊沢田代が広がりました。そして、その先には新たな山壁、燧ヶ岳が。熊沢田代の草紅葉とそこを抜ける優しい風、木道が一直線に燧ヶ岳へと延びています。再度、最後の山壁を登りきると、一つ目の山頂俎嵓へと登頂。祠に手を合わせ、最高地点の柴安嵓へと一度下りて登り返し、5年ぶりに登頂しました。東北北海道で最高峰の燧ヶ岳山頂からは、これも5年振りとなる尾瀬ヶ原の眺望に感動しました。昼まで山頂で、コーヒーを飲みながらゆっくりと過ごし、再び御池へと1時間程で下山しました。

平ヶ岳

9月28日、昨日までのような秋晴れは続かず高曇りの空。晴れ間もあるとの予報だったので、このまま穏やかな天気になることを願い、鷹ノ巣登山口から台倉山へ登り始めました。山名の由来にもなっている平原は二山越えた先にあります。最初の登りが平ヶ岳への道のりの難所の一つ、短い距離で約800メートルを一気に登ります。さらに急な細い尾根のため、なかなかの険しさ。台倉山へと登りきると、そこから池ノ岳へと登るまでは、急登はなく平坦な道のりが続きます。色づく灌木を楽しみながら、サクサクと歩けばあっという間。池ノ岳への標高400メートルの最後の急登を登りきれば、平ヶ岳はもう目の前です。池ノ岳から先はまさに別世界。平ヶ岳への草紅葉、点在する灌木の紅葉、針葉樹や笹の緑、見事なコントラストです。姫ノ池を通りすぎるとペースを落とし、5年振りの平ヶ岳山頂へ。5年前は山頂からの眺めは低い雲に包まれて見えなかったですが、今回はしっかりと見渡すことができました。昼を過ぎると西からの風が強くなり、風に追い出されるように平ヶ岳から下山しました。

景鶴山、至仏山

9月30日、下田代から219座目景鶴山へと向かいました。景鶴山への登山道はなく、尾瀬国立公園内にあり特別保護地区、特別天然記念物の一部にもなっているため、立ち入りが禁止されています。今回は一番近くまで近付けるヨッピ吊り橋まで。シダ植物の焼けるような紅葉に見とれながら、少しずつ近づく景鶴山を見上げ木道を進みました。ヨッピ吊り橋に到着。山頂から尾瀬ヶ原を見下ろせば、尾瀬ヶ原の広がりや大きさをよく感じられるのだろうと想像しながら景鶴山を背に撮影。スッキリした気持ちで、至仏山の登山口となる山ノ鼻へと進みます。山ノ鼻小屋でカツ丼を食べ、勢いよく至仏山へと登り始めました。山ノ鼻からの至仏山へのルートは植生保護のため、登りのみの一方通行。灌木の紅葉が太陽を浴びて輝いている中を、真っ直ぐ登っていきます。森林限界を抜けると、眼下には広大な尾瀬ヶ原が広がっていました。登山道で足を止める度に振り返り、眼下の景色に癒されてはまた上へと登っていきます。そして5年ぶりとなる至仏山に登頂。山頂からは懐かしいみなかみ町の山々が見えて、仲間の元へと近づいてきたことを実感しました。

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