田中陽希さん「日本3百名山ひと筆書き~Great Traverse~」⑪

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焼岳

10月19日、朝は低い雲が上空を覆っていましたが、標高を上げると雲の切れ間から温かな太陽の光りが差し込みました。2週間ぶりに、縦走ではなく登山口から登ります。麓からの植生の変化や紅葉の変化、気温の変化などたくさんの変化を味わいながら登っていきました。焼岳への気持ちが高まると、雲は晴れて青空が広がってくれました。途中の、火砕流がトウヒの木を包み込むように固まっている秀綱神社は圧巻です。そこから間もなくして、焼岳が目の前にそびえる稜線へと出ました。登山道わきにはいくつもの噴気孔があり、一見すると雲のようにも見えますが、近づくと違うことに気づきます。噴気孔の周辺には苔がびっしりと自生し、触ると床暖房のように暖かいです。初めて間近に見る焼岳は呼吸を繰り返す生き物のように見えました。躍動感は北アルプスのどの山よりも強く、圧倒されます。その成長を続ける焼岳山頂に向かいました。山頂からの眺めは、最高です。北アルプス南部の玄関口上高地、穂高連峰の明峰たちが一望できました。北アルプス南部の初日として、いいスタートを切ることができました。

奥穂高岳

一昨日、雪化粧の奥穂高岳に向かうため、穂高岳山荘まで進みました。10月21日、98座目「穂高岳(奥穂高岳)」に向けて登ります。チェーンアイゼンを装着しますが、雪は柔らかくアイゼンには不向きなコンディションでした。山頂は風も穏やかで、温かな日差しが、身体を包み込んでくれました。ホッと一息ついていると、山荘のスタッフが重装備で登ってきました。西穂高岳から奥穂高岳へと縦走してきた登山者がジャンダルムの下で救助を待っているそうです。ヘリコプターが遭難者を救助して松本市方面に飛び去るまでの約1時間、一部始終を山頂からずっと見守り続けました。西穂高岳から20日に縦走を開始した登山者3名がジャンダルム下のロバの耳で風雪により動けなくなり長野県警に救助を求めたようです。この初冬の不安定なコンディションにビバーク装備を一切携帯していなかったそう。軽装で北アルプスに入る人が増えている象徴的な事故だったと思われます。遭難事故を目の当たりにして、北穂高岳から大キレットを抜けていくことを改めて冷静に考え直し、総合的に判断して、涸沢岳に登って涸沢へと下山することにしました。

槍ヶ岳

10月22日、梓川と槍沢をつめていくルートから槍ヶ岳へ登ることにしました。槍沢ロッジで初めて、木々の間から槍ヶ岳の穂先が見えました。2時間後には天狗原に到着。やはり天狗池の逆さ槍ヶ岳を見て、手前から徐々に大きくなっていく槍ヶ岳を見るルートに変更することに。天狗池の手前で小さな沢が凍っていました。天狗池は凍っている!?天狗池に到着すると全面凍っていましたが、あきらめきれず、池の氷を割り、一部分だけ楽しみにしていた逆さ槍ヶ岳を見ることができました。そこから主稜線へとさらに標高を上げます。登っている途中に、穂高岳の荒々しい岩稜が見えます。3000メートルの主稜線からの槍ヶ岳は最高の眺めで、同じ目線から少しずつ大きくなっていく槍ヶ岳はこれまでにない感じです。直下の槍ヶ岳山荘に到着すると、見慣れた穂先がそびえていました。山荘に荷物を置き必要なものだけを背負って、1年ぶりの山頂へ向けて登りました。ここまで、幾度となく北アルプスの峰から槍ヶ岳を見続け、ようやくその頂きに立つことができます。今日1日の安定したコンディションにも感謝しました。槍ヶ岳はやっぱり北アルプスのランドマークだ!

大天井岳

10月23日、東鎌尾根から喜作新道を通り、旅の大きな節目となる百座目「大天井岳」へと向かいます。今日のルートは4年前、雪渓により通過は困難との情報に断念し、いつかは歩いてみたいなと思い続けてきました。東鎌尾根は北鎌尾根に次いで切り立ち、荒々しさを感じます。地図の情報通りハシゴとクサリの連続です。西岳ヒュッテに到着して、ホット一息。初めての場所からの槍ヶ岳は見ごたえあり!穂高岳まで穂高連峰が一望できます。西岳から大天井岳までは、見え隠れしながら徐々に形を変える槍ヶ岳を楽しみました。百座目はどんどん大きくなっていきます。12時前に営業中の大天荘に到着。山頂は山荘からわずか5分ですが、山頂よりもまずはお腹を満たしました。心地よい満腹感のまま山頂に向かいました。そして百座目「大天井岳」に立たせてもらいました。3年ぶりの山頂からは、自分がたどってきた東鎌尾根、喜作新道が、大天井岳と槍ヶ岳の架け橋のように見えます。ここまでずっと槍ヶ岳に見守られていたことも感じられました。休む間もなく旅は続き、すぐさま表銀座へ入り、101座目「燕岳」へと駆け出しました。

燕岳・餓鬼岳

10月25日、出発の朝は予報通り西の空に月が沈むと共に、東の空からはまばゆい太陽が登ってきました。北アルプスをはじめ、雲海から突き出た高峰たちを照らします。風も穏やかで、101座から200座へ、旅の中盤スタートとしてこれ以上ない門出となりそうです。出発からわずか20分ほどで、101座目の燕岳に登頂しました。3年前はたくさんの登山者で賑わった山頂も、今回は独り占めです。燕岳といえば特徴的な花こう岩が点在します。イルカ岩やメガネ岩は有名です。山頂からの景色は今日も素晴らしく、冬が近づくほどに北アルプスからの景色は美しさも、険しさも増していくように思えます。北燕岳に向かい、102座目の餓鬼岳への縦走を開始しました。遠目では表銀座のような気配を匂わせますが、実際は変化に富んだアップダウンが続き、見た目以上に体力のいる道のりです。昼前に餓鬼岳に登頂。名前の印象からは想像できない穏やかな山頂は、健在でした。中房温泉に下山するため、東沢乗越まで来た道のりを引き返しました。

有明山

今回の旅では数多くの山自体をご神体とする山に登ってきて、表参道から登るのが大切だと考えるようになりました。10月26日、中房温泉から表参道登山口まで、有明山を回り込むように自動車道で10キロ、標高差600メートル以上を下りました。裏参道から登れば、標高差はたった800メートルで済みますが、表参道だと1400メートルにもなります。最初の2時間ほどは、黒川沢を登っていきます。沢沿いを歩いたり、高巻きをしたり、岩壁を登ったり、崩落した斜面をロープでトラバースしたりと、バリエーションも豊富。ヘルメットを持ってきてよかったと思うほどです。白河滝からは急斜面をほぼ直登で尾根まで一気に標高を上げていきます。あまりの斜度に四つん這いになりながら、山を登るというよりも木登りのような山登りです。どんどん標高が上がり、結果的には予定通りの時間に登頂することができました。これまで登ってきた数々の表参道で、最も険しいといっても過言ではないでしょう。3年前は見えなかった、有明山を「信濃富士」と親しんでいる麓の町並みや、表銀座も見ることができました。

常念岳

10月28日、午前5時ヘッドライトを照らし、中房温泉登山口より合戦尾根を登りました。出発から間もなくすると、東の空が白みはじめて空が赤くなり、太陽の光が北アルプスの山々を照らしてくれました。徳沢までコースタイムが19時間だったためハイペースで進みます。燕山荘の回りの木々は霧氷になっています。4日前とは景色も体感温度もがらりと変わっていました。山荘の方に挨拶をして、直ぐに大天井岳に向けて表銀座へと駆け出しました。大天井岳はうっすらと白くなり、6日前よりも凛々しく、一段とかっこよく見えました。大天荘で休憩をはさみ、爽快感のある常念山脈へと走り出しました。槍ヶ岳から穂高岳までの3000メートル稜線も白さが増して、美しさよりも恐ろしさが西風と共にぐっと伝わってきました。今回で3度目となる常念岳へと一気に登ります。過去2回の登頂を思い出しながら、3度目の登頂は104座目となりました。その日は結局、徳沢へは下らず、蝶ヶ岳ヒュッテに宿泊することに。雲が晴れて穂高連峰が顔を出してくれるのを待ちました。3時間ほどヒュッテで待ち続け、雲がすっきり晴れて雪化粧の穂高連峰の大パノラマが広がりました。

霞沢岳

11月1日、北アルプスも高気圧に覆われ、今日は4日ぶりに霞沢岳へと登ります。穂高連峰など標高2500メートル以上の山は、3日間降り続いた雪で雰囲気は一変していました。徳本峠の手前の沢は凍りついていました。峠の分岐手前から登山道にはうっすらと雪が積もっています。アップダウンが続き、水平距離も多少あるため、コースタイムは上高地から13時間程です。霞沢岳までの縦走は主稜線を挟み東西で別世界です。太陽を燦々と浴びる東側の雪や氷はどんどん溶けていきますが、日陰の西側は立派な霧氷や樹氷があちこちに見られ、徐々に高くなる太陽でカサカサと音をたてながら少しずつ崩れていきます。澄み切った青空と、霧氷や樹氷のコントラストが美しく、木を揺らして散る霧氷に光が当たりキラキラと輝きました。その向こうには、威風堂々といった穂高連峰が雪化粧でより勇ましく見えます。昼前に霞沢岳へ登頂しました。山頂は風も穏やかで日差しが暖かく、コーヒーを飲みながらランチをすることができました。雪化粧の穂高連峰、焼岳、笠ヶ岳、乗鞍岳、御嶽山、そして遠くは白山まで見渡すことができて、感無量でした。

乗鞍岳

11月3日、麓の天気予報も山の天気予報も穏やかな秋晴れです。期待を胸に乗鞍高原を出発しました。しかし、登山口となるスキー場から山頂部を見上げると、予報以上に雲が厚く、流れていく雲はかなりのスピードです。標高が上がるにつれて、紅葉から枯れ葉、霜、氷、雪へと変化していきました。出発から2時間が経過していましたが、一向に山頂の雲が晴れず、2500メートル付近で足を止めました。回復するのを願って、雲を見上げながらコーヒーで温まりました。しかし、1時間待っても山頂は隠れたまま、登っている最中に回復することを願って再出発しました。肩の小屋からはチェーンアイゼンを装着、2700メートルからは雲の中に入り、固くなった雪の上にはうっすらと新しい雪が積もっていました。西側からは強烈な風と共に、雲が湧き続けています。頂上の剣ヶ峰が近づくと、さらに風は強くなりました。風上に回り込むと、体感温度はぐっと下がりました。逃げ込むように風下のお社裏へ。時折青空がちらついたので山頂で30分待ちましたが、結局は寒さに根負けしてしまいました。

位山、川上岳

11月7日、川上岳から登り、天空の遊歩道とも言われている縦走路を歩き、位山へ登頂し高山市一宮へ下山しようと計画しました。しかし、川上岳への登山口へ向かって歩いていると「通行止めと立ち入り禁止」の看板が。問い合わせの結果は「歩行者の通行も禁止」との回答でした。急遽ルートを変更し、先に位山へ登るために強引に林道をつなぎ、ダナ平登山口から位山を目指しました。予定外のルート変更ではありましたが、位山の巨石群を楽しみながら山頂を目指すことができました。また、川上岳への縦走路「天空の遊歩道」を二回も味わうことができました。ちょっぴり想像していた天空感はないものの、往復で違う眺めを楽しむことができました。

御嶽山

2014年9月27日11時52分、御嶽山が噴火。グレートトラバース(百名山)挑戦中だった僕は、北海道富良野市の実家にて知ることとなりました。たった3か月前に登った山が一変していました。死者は58人にもなり、行方不明者5人は未だに見つかっていません。あれから4年の月日が流れ、噴火後初めて御嶽山へと登ります。これまで登ってきた山とは、登る前から山への気持ちは違っていました。11月10日、今回は濁河温泉から出発。針葉樹や苔の鬱蒼とした樹林帯を、霧に包まれながら進みます。森林限界を迎えると絵に描いたような青空が広がり、御嶽山は雲海の上に姿を現してくれていました。噴火当時の映像は今も目に焼き付いていますが、このときは突然開けた景色を素直に美しいと思いました。噴火以降、徐々に噴火警戒レベルが引き下げられ、現在はレベル1。九合目までの登山が可能です。今回の御嶽山は九合目の二の池まで登り、登頂とすることにしました。火山灰が堆積したまま凍りつく二の池の前に立ち、見上げる剣ヶ峰に向かって静かに手を合わせました。山はたくさんの恵みをもたらしてくれる一方で、時として甚大な力で襲いかかってくる存在でもあることを忘れてはいけません。

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