【羽根田治の安全登山通信】夏山の遭難対策を考える

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例年の梅雨明けはだいたい7月下旬ごろ。本稿がアップされて間もなくすれば、夏山シーズン到来となる。
〝災害級の暑さ〟と形容されるほどの記録的猛暑となった昨年の夏は、夏の平均気温が東日本で平年比+1.7℃となり、1946年の統計開始以降で最も高くなった。2017年は暑さもさほど厳しくはなく、比較的過ごしやすかったが、2015、2016年は続けて酷暑となった。
ここ数年を見る限り、夏の気象は猛暑傾向が続いているようだが、今夏はどうか。気象庁の長期予報によると、とりあえず8月初めごろまでは、オホーツク海高気圧からの冷たい空気や、曇りや雨の日が多い影響で、気温は低めの見込みだという。梅雨明けごろから8月にかけては、北日本では数日の周期で天気が変わり、東・西日本では、平年と同様に晴れの日が多くなると見られる。
天気予報を気にしながら、そろそろ今夏の登山計画が固まりつつあるころだと思うが、楽しいはずの登山が一転しないよう、4年前の前回に続いて、夏山のリスクマネジメントについておさらないをしておこう。

台風や豪雨に警戒を

山行計画が決まったら、1週間ほど前から天気予報をチェックして、天気が悪くなる周期に当たりそうなときは、計画の中止・延期や、天気がよさそうなエリアの山への変更を検討しはじめよう。とくに夏から秋にかけては、日本列島に接近・上陸する台風が多くなるシーズンでもある。フィリピンの海上あたりに熱帯低気圧があれば、それが台風に変わって日本に接近してくる可能性が高い。台風が接近・上陸したときの山岳地は大荒れの天候となり、登山どころの状況ではなくなってしまう。
昨年の7月28日、富士山御殿場口の六合目付近では、富士山安全誘導員の男性2人が台風12号の影響による強風で身動きが取れなくなり、ひとりが低体温症で死亡するという事故が起きている。人的被害はなかったものの、9月には台風21号が上陸し、立山の室堂にある山小屋では屋根が飛ぶなどの被害も出た。
台風の威力をナメてはならない。接近・上陸する可能性があるときは、計画を変更・中止するのが賢明である。
また、近年は毎年のように局地的豪雨による災害が発生しているが、山でも同様の事故が目立つようになっている。今年の5月18日、記録的豪雨に伴う土砂崩れにより、登山者約300人が山中に孤立した屋久島の事例は記憶に新しいところだ。2014年8月には、槍平から新穂高へ下山しようとしていた登山者が、増水していた滝谷出合を渡渉するときに流され、3人が死亡するという事故が起きている。その前年の7月には、やはり槍平から下山中の単独行者が南沢で流されて命を落とした。北海道の幌尻岳で8人パーティの3人が額平川を渡渉中に溺れて死亡したのは、2017年8月のことだった。
ふだんは涸れていたり水量が少なかったりする沢も、まとまった雨が降るとみるみるうちに増水し、ときには鉄砲水のような現象が起きることもある。たとえその場所で雨が降っていなくても、上流域でまとまった雨が降れば、中・下流域の水量は一気に増す。水の力いうのは我々が想像する以上に強く、膝ぐらいの水量でも足元をすくわれかねず、それ以上の水量になれば渡渉は非常に危険だ。
登山道が沢沿に付けられていたり沢を横切っていたりするコースでは、天候と沢の増水に充分に注意することだ。帰りの交通機関の時間が迫っているような場合は、無理してでも増水した沢を渡ろうとするものだが、それが生死の分かれ目となることもある。「命を落とすよりはマシ」と頭を切り替え、帰りが1日遅くなるのを覚悟で水量が減るまで待機するか、安全な迂回コースがあるならそちらに回るようにしよう。
なお、渡渉中の事故のなかには、誤ったロープの使い方が原因となっているものも散見される。沢の渡渉時のロープワークには専門的な知識と技術が要求され、扱い方をひとつ間違えると逆に命を失うことになってしまう。生半可な知識では絶対にロープを使用してはならない。

雷は早めに予知して回避する

さて、気象的な夏のリスクといったら、雷について触れないわけにはいかない。山岳地は気象的、地形的に雷が発生しやく、北アルプスなど標高の高い山では夏の午後になると毎日のように大気が不安定になって雷が発生する。
雷には高いものを目がけて落ちるという習性があり、山のピークや尾根、樹木、鉄塔などはもちろん、立っている人間も恰好の標的となる。山には雷から避難できる場所がかなり限られるので、事前に雷の発生を予測して回避する必要がある。
雷に遭わないようにするには、なるべく朝早くから行動を開始し、午後の早いうちにその日の目的地に到着することをまず心掛けよう。早発早着は登山の原則であるが、最近は総じて行動開始時間も山小屋への到着時間も遅くなっているという声をよく聞く。雷を避けるためにも、予期せぬアクシデントに遭遇したときに余裕を持って対処できるようにするためにも、早発早着の原則を守るようにしたい。
気象庁や民間の気象情報サイトでは雷情報を提供しているので、これらを有効に活用するとともに、行動中は積乱雲の発生・発達に注意し、雷発生の確率が高そうなときは早めに行動を切り上げて安全地帯(山小屋や建物の中)に避難すること。遠くで雷鳴が聞こえているような場合は、雷の危険がすぐ身近に迫っているものと考え、早急に避難しよう。
もし野外で雷に遭遇してしまったら、谷筋や窪地、山の中腹などに逃げ込んで、できるだけ姿勢を低く保って雷が去るのをじっと待つしかない。避難するときは背負っているザックを手で抱え、やはり姿勢を低く保つこと。傘は絶対にさしてはならず、ザックに付けたテントのポールやストックなども頭より上に突き出ないようにする。ただし、時計やネックレスなど、身につけている金属類を外す必要はない。
雷は雨を伴うことが多く、心理的に大きな木の下に逃げ込みたくなるものだが、雷が木に落ちたときにそばに人がいると、木に落ちた雷が人に飛び移ってくる「側撃」が起こる。今年のGWには丹沢の鍋割山で落雷による死亡事故が起きたが、亡くなった登山者は降り出した雨を避けようとして木の下に移動したところで雷に打たれたという。詳しい状況はわかっていないが、側撃だった可能性は高い。
ただし、高さ4m以上の木や鉄塔などの周囲には「保護範囲」と呼ばれる安全地帯が生じる。保護範囲とは、すべての幹や枝先(あるいは鉄塔など)から4m以上離れ、木や鉄塔などの頂点を45度以上の範囲で見上げる範囲のことで、そのなかで低い姿勢を保っていれば、比較的安全だといわれている(安全性は100%ではない)。木の近くに避難するときは、この保護範囲の中に逃げ込むようにしよう。

熱中症と低体温症

2014年8月、飯豊連峰の地蔵岳と大日杉小屋のほぼ中間地点で、男性登山者が暑さで倒れて行動不能となり、ヘリコプターで救助されるという事故が起きた。同じく飯豊連峰では昨年7月、ツアー登山に参加していた女性が熱中症にかかって歩けなくなり、やはりヘリコプターで搬送されている。
熱中症は、人間の体に備わっている体温調節機能が体温の上昇に追いつかず、体にさまざまな異常をきたす疾病のこと。高温多湿の環境下で長時間にわたって激しい運動を行なうときにかかりやすいという点では、まさに夏山登山においていちばんに警戒しなければならないリスクである。
熱中症の初期症状は目まいや立ちくらみ、筋肉痛や筋肉の硬直、手足の痺れ、気分不良などで、単なる疲れや体調不良と間違えやすい。この時点で適切な処置をすれば回復が見込めるが、頭痛、吐き気、嘔吐、倦怠感、虚脱感などの症状が現れると病院での治療が必要になる。さらに病状が進んで意識障害や全身の痙攣、手足の運動障害、高体温などを発症すると、最悪、死に至ってしまうこともある。l
熱中症の予防は、帽子をかぶり、通気性のいいウェアを着て行動するのが基本になる。と同時に、発汗で失われた水分と塩分をこまめに補給することだ。とくに脱水症になると熱中症に進行しやすくなるので、水分は心掛けて充分に補給しよう。コース上に水場や沢があるのなら、小休止しながらタオルなどを濡らして首筋や額などを冷やすのも効果的だ。
また、気温の高い山域を敬遠するのも予防策のひとつ。夏の低山や樹林帯の山は気温が高いぶん熱中症にかかりやすく、猛暑続きの近年の夏はなおさらそのリスクが高い。その点で標高の高い山を選んで計画を立てれば、多少のリスク回避にはつながるだろう。
ただし、標高の高い山(あるいは緯度の高い地域の山)では、逆に低体温症のリスクが生じてくる。2009年7月に起きた大雪山系・トムラウシ山での遭難事故では、低体温症で8人が命を落とした。先に挙げた富士山の事例も直接的な死因は低体温症だったし、昨年8月には十勝岳でも低体温症による死亡事故が起きている。私自身、恥ずかしながら富士山で低体温症になりかけた(「今夏の反省 富士山で低体温症に」参照)。
通常、人間の体幹温度(体の内部の温度)は約37℃に保たれているが、体が産生する熱量と体外に出ていく熱量のバランスが崩れ、体幹温度が35度以下になると、さまざまな障害が生じてくる。これが低体温症だ。その要因となるのは、「低温」「濡れ」「強風」の3つ。夏であっても、標高の高い山で、雨に濡れた体を強風に叩かれれば、瞬く間に低体温症に陥ってしまうのだ。寒さで体が震えたり動作が鈍くなったりするのは低体温症の初期症状で、それが進行すると運動能力や判断力が低下し、やがては意識が混濁して昏睡状態に陥り、心臓が停止して死に至ってしまう。
低体温症を予防するには、レイヤード(重ね着)によって体温を適切に保つことが重要になってくる。過去の遭難事例では、せっかく防寒具を携行していながら、ザックの中に入れたまま着用せずに低体温症にかかって死亡した人が何人もいる。寒さを感じたなら、面倒臭がらずにすぐに防寒具やジャケットを着込むことだ。
逆に厚着をしすぎると、歩いているうちに汗をかいてウェアを濡らしてしまうので要注意。汗による濡れは低体温症の大きな一因となるので、なるべく汗を書かないようなレイヤードで行動しよう。もちろん、ベースレイヤー(下着)は吸汗性・速乾性に優れた素材のものを着用することは言うまでもない。
また、悪天候のときは無理せずに行動を控えたい。もしどうしても行動しなければならないのなら、なるべく休憩をとらないようにして、無理のないペースで歩き続けるようにしよう。その際には、雨具やザックのウエストベルトのポケットなどに行動食を入れておいたり、ハイドレーションを用いるなどして、歩きながらでもエネルギー源や水分を補給できるようにしておくといい。

最後に、夏は登山に最適のシーズンということで、長期間の山行や超霧の縦走登山を計画している人も多いかと思う。だが、計画を実行に写す前に、ほんとうに自分の体力や技量に見合った計画かどうかを、今一度チェックしてみよう。
近年の遭難事故の多くは、登山者の体力・技量不足によって起きている。よく言われることだが、「憧れの山」と「登れる山」はまったく別物である。幾度となく危険な目に遭い、疲労困憊しながら、長年憧れていた山になんとか登れたとしても、それはただ運がよかっただけで、自分の体力・技量に合った山だったとはいえない。
自分の体力や技術がどれぐらいのレベルにあるのかを客観的に把握し、「山のグレーディング」などを参考にして、身の丈に合った夏山登山を楽しんでいただきたい。

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