【寄稿】ルポ奥多摩捜索

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山岳捜索ルポルタージュ

----- 登山中に行方不明となった方の捜索 -----

公益社団法人 東京都山岳連盟
救助隊隊長 金子 秀一

登山中に何らかの原因で行方不明になる方がいらっしゃいます。道迷い、転落、滑落などが主な原因ですが、登山計画書が提出されていないと、どこの山へどのルートから登り、どこへ下山する予定だったのかがわかりません。
登山計画書を提出していない行方不明者を捜索するにあたって、どのような方法で捜索し発見に至るのか、これまでの経験を踏まえて最近の捜索事例を報告し、これをお読みの方々に登山計画書の提出の大切さを理解していただければ幸いです。

なお、文中にある行方不明者のお名前は仮名です。
また、都岳連とは、公益社団法人東京都山岳連盟の略称名です。

捜索の依頼

行方不明者のご家族は遠方に在住し、ご家族の代理としてご友人が2017年7月下旬に日本山岳救助機構(jRO:ジロー)の事務所へ連絡し訪れた。
そのとき、私は別の捜索案件等で同席できなかったが、都岳連救助隊の加藤秀夫副隊長が同席し、jROの若村代表、中嶋執行役員がヒアリングをおこなった。

働き盛りの40代の男性「市ヶ谷さん」が行方不明になられたのは2017年の1月。
登山計画書は無く、よく行く山域は他にもいくつかあるが、自宅にあったはずの奥多摩の地図がなかったこと、雲取山方面に興味を示していたとの情報があり、奥多摩へ行った可能性が高いようだった。
市ヶ谷さんはトレイルランニングをしており、過去にも大きな大会の出場経験があった。自宅にトレイルランニング用のシューズがなく某メーカーの空き箱が残っていた。これらから今回もトレイルランニングをしていたと思われた
携帯電話や電子マネーの情報は事件性が証明されない限り簡単には入手できず、奥多摩方面に行ったのか、あるいは高尾山コースへ行ったのか全く分からなかった。
捜索する側からみると、これらの情報は非常に心細い情報で、極端に言えばどこの山へ行ったのかわからない方を捜索することになる。捜索する隊員達の危険リスクと膨大なエネルギーを考えると、これだけの情報で捜索の依頼を受けることにためらいがあった。

しかし、jROの中嶋役員から受け取った情報資料の中に、ご友人の方々がこれまでに捜索した奥多摩の地図があり、それを見て「これは捜索を引き受けなければならない」と思った。
〈ご友人の捜索ルートの写し(七ツ石山付近のみを抜粋)〉

その地図には、どこを捜索したのか丁寧に赤い線が引かれていた。ほぼ奥多摩全域にわたって登山道から斜面を目視して、時には沢に入り、危険な斜面の下へ入り、忙しい仕事の合間をぬって行方不明になった市ヶ谷さんを捜索していた様子がうかがえた。

「これを断ったら都岳連救助隊の名がすたるよなぁ…」と思った。

正式にご家族から依頼があったのは11月になってからだった。その間、救助隊は南アルプスや東北、奥多摩の捜索を行っていた。

捜索計画

捜索はいくつかの段階を経て行なわれる。何度かの協議を経て捜索計画ができあがった。
最初に、可能性のある雲取山付近。これを捜索フェーズ1とした。
次にフェーズ2、日本山岳耐久レース長谷川恒男CUP(ハセツネカップ)のルート。
最後にフェーズ3として、捜索範囲を広げて奥多摩全域のルート。
それぞれの転滑落、道迷いの個所を捜索し、行方不明者情報提供お願いのポスターを貼り広く情報を集める計画とした。
費用の概算は、可能性のある雲取山付近の捜索だけで数十万円。全域の危険個所の捜索ともなると数百万にもなると見込まれた。

捜索フェーズ1

<フェーズ1の捜索範囲>

トレイルランナーは登山道を風のように駆け抜けていく。私たち登山者とは危険ポイントが違うかもしれない。
市ヶ谷さんがトレイルランニングをしていたことにより、一般財団法人日本山岳スポーツ協会の理事長であり、トレイルランニングに詳しい第一人者の宮地氏に協力をお願いしたところ、快く協力を了承してくださった。
協力内容は
1、トレイルランナーの目で見た危険個所の抽出
2、危険個所の双眼鏡などによる目視が可能な範囲の探索
だった。目視できない崖下などはおおむね危険個所であり、われわれ救助隊が捜索する場所になる。
合わせて、奥多摩の避難小屋、山小屋、山麓の施設などに行方不明者情報提供のポスターを貼る計画を立てていた。ポスターを国立公園内等の山中へ貼るには環境省の許可が必要で、何度かやりとりをして、道標に貼る許可は出せないが避難小屋の内側へポスターを貼る許可を得られた。
日本山岳スポーツ協会の事務所でポスターをラミネートし、宮地氏が出動するトレイルランナー達へポスターを配布してくださることになり、奥多摩のトレラン主要ルートの探索とポスター貼りがスタートした。

日本山岳スポーツ協会メンバーの出動は2017年12月9日から14日まで計3回、8名によって行われた。有効な情報を提供していただき、これらを受け次に都岳連救助隊の捜索が2017年12月19日からスタートした(2018年1月14日まで5回出動)。
雲取山の登山道からはずれた斜面や岩場、急峻な沢の捜索は日帰りではやれない。
残念なことに年末の多忙時期で、普段はサラリーマンや自営業を営んでいる救助隊隊員は2日続けて休めず、日帰りで捜索できる個所に限定して、七ツ石山より東のエリアの危険個所を捜索したが何も発見できなかった。
この時点でフェーズ1の捜索は終わっておらず、市ヶ谷さんの向かった山の名前だけでも良いので情報が欲しかった。
また、この間に前後して市ケ谷さんが過去に出場したトレランレースの写真が入手でき、トレラン中の服装を推測できる手掛かりとなり、ポスター制作の素材とすることができた。

 

 

 

 

 

 

 

(写真提供:オールスポーツコミュニティ)

 <捜索する都岳連隊員>

 

積雪のため捜索を休止

年が明け2018年1月の初めに捜索へ入った後に積雪があり、積雪があっては捜索しても発見できる可能性が低く、悩ましい時期に入ってしまった。
更に1月22日、関東地方は大雪に見舞われ奥多摩では数十センチの積雪。捜索しても発見できる可能性がなくなった。谷筋の雪解けは遅くなることが予測された。
このような状態で、捜索を続けても発見できる見込みはほとんどない。何もできない日々が続いた。

新たな手掛かり

2月の初旬、市ヶ谷さんのご友人から捜索の手掛かりになる情報が入った。「市ヶ谷さんの電子マネー情報が入手できた」とのこと。入手に数か月かかったようだった。
これまで何度も話題になっていたがあきらめかけていた情報だった。
それによると、奥多摩駅で電車を降り、西東京バスのバス停留所のどこかで降りたことがわかった。西東京バスでの消費金額が360円。8時59分に下車しているらしい。バス停まではわからないようだ。360円区間を調査すると日原方面の岩松尾根、倉沢、桜平のバス停のいずれかで下車と推定された。
岩松尾根バス停付近には登山道がなく、倉沢からは林道の奥に棒杭尾根(ぼうくいおね)、桜平は蕎麦粒山(そばつぶやま)へ向かう鳥屋戸尾根(とやとおね)がある。
この情報により捜索範囲が奥多摩全域から一気に狭まった。
しかし、狭まったとはいえ、下山路を考えると、まだまだ範囲は広く、捜索個所を絞って、ご家族の捜索救助費用の負担を極力軽減する必要がある。
捜索計画は再度の練り直しになった。

手がかりに基づいた捜索計画

都岳連救助隊は2017年の3月下旬から4月にかけて、蕎麦粒山へ登山に出掛けたまま行方不明となった別案件の登山者を捜索した。そのときに鳥屋戸尾根をかなり捜索したので、もし鳥屋戸尾根で遭難した場合はその捜索で発見されているはず。だが、鳥屋戸尾根を抜けてその先へ登山していたら範囲が広がる。

推定1 倉沢バス停で降り、林道を走り棒杭尾根を登って、稜線に積雪があるのを知り、引き返して
下山途中で滑落したのではないだろうか?

推定2もちろん、遭難個所を決めつけてはいけないので、棒杭尾根を登ったとしたら、おそらく
その先を東へ向かい、最終的には本仁田山(ほにたやま)や川苔山(かわのりやま)から
下山する計画で、下山途中での遭難も十分にあり得る。

練り直した捜索計画における捜索範囲は次の図の通り。範囲が広すぎるので人が入らない沢や斜面に重点を置いた。

<再度練り直した捜索範囲>

気になる尾根

捜索方法はいくつかあり、積雪が早く消える本仁田山の南側や川苔山の東側などを捜索しておく案もあった。捜索方法はいくつかあり、積雪が早く消える本仁田山の南側や川苔山の東側などを捜索しておく案もあった。だが、ご家族の捜索救助費用の負担を考えると、最も可能性が高い場所を最初に捜索したかった。
そのため、まずは2月に棒杭尾根を登ってみた。その時に登れば市ヶ谷さんが登った同じ時期の1月下旬に近く、尾根の状態が理解できるように思えた。
南に面した棒杭尾根は日当たりがよく積雪はほとんどなかったが、上部の危険個所が所々凍っていた。西側には急峻な斜面が広がっていた。棒杭尾根を登った稜線上の登山道には20センチから50センチの積雪があった。この状態は非常に気になった。トレイルランニング用のシューズでこの先へ行ったら転滑落の危険がいっぱいだ。蕎麦粒山の手前で事故が発生した可能性が高いのではないだろうか?

親友の心の響き

市ヶ谷さんのご友人は市ヶ谷さんの親友であった。私は行方不明者がどこにいらっしゃるのか分からないとき、気になる個所があるかどうかご家族に聞く習慣がある。捜索する隊員が感じない何かを感じ取る場合があるのを知っている。その通りに発見された例もある。これを肉親による「血の呼び」と呼んでいる。まさに心の響きである。
親しい友人にもそれに近いものがあるように思う。
市ヶ谷さんの親友は電子マネーの情報を得た時点で、既に倉沢方面を訪れているに違いない。必ず気になる個所があるはずだ。「気になる個所があれば是非教えてください」と聞いた。
親友は「棒杭尾根の西側が気になりました」と教えてくれた。この情報と、偵察へ行った情報を元に、棒杭尾根の西側を最初の捜索と決定した。

捜索の再開

4月の中旬になれば雪解けも進むだろうと、4月中旬に出動できる岩崎洋隊員に同行してもらい出動した。棒杭尾根の上部西側は脆弱な斜面で、通常の登山者ではロープをつけても前向きでサクサクと下降できない傾斜である。
同行した岩崎隊員は私と同じクラブ(山岳会)のメンバーで、8000m峰を含み7000m以上の山を16座も登っており、パタゴニアのフィッツロイに日本人で初めて登った強者である。若いころは冬壁も相当に登りこんでいたので、なんの躊躇もなく一緒に下降した。
単に下降したのでは捜索にならない。そのため急峻な斜面をトラバースして横移動しながら捜索しつつ棒杭尾根西側の谷に下降した。
谷には落ち葉が堆積していた。落ち葉は風に運ばれて谷に溜まる傾向があるのだ。斜面を捜索しつつ谷を下ると落ち葉の下でズボっと潜り、よく見ると雪だった。4月中旬でも奥多摩の谷には落ち葉に隠された雪渓があるのだ。
捜索時期が少し早かったかなぁと思いながら、雪がない場所もあり、時には2人が分かれて谷の左岸のルンゼを登りながら捜索を続行した。            〈谷を下る都岳連救助隊員〉
谷を降りていくと数メートルの滝があり、その手前で1本とって休憩した。ふっと見ると流木の下にオレンジ色の衣類が引っ掛かっているのが目に入った。慎重に衣類を引き抜くと長袖のTシャツだった。これは見覚えがある。日本山岳スポーツ協会の宮地さんのご厚意で提供のあった耐久レース中の市ヶ谷さんの画像で、そこに写っていた衣類に似ている。

周囲にはまだ大量の残雪があり、周辺を人力で掘るには限界があった。時間も遅くなり、さらなる融雪を待って捜索を再開した方がよいだろうと衣類を丁寧にパッキングして拾得物として持ち帰り警察へ届け出るとともに、下山した後で都岳連事務所へ電話を入れた。
長袖Tシャツにロゴがあり、私達が所持しているモバイル画像では画面の解像度の関係で良く見えないので、事務局の解像度の高いパソコンで見てもらいたかった。
事務局の女性は忙しい業務を中断して確認してくれた。結果、画像ではロゴが見えなかった。ザックの紐に隠れていたようだ。
市ヶ谷さんのものである確証がないまま、この日の捜索を終えた。

発見時の捜索

*44月の下旬、そろそろ雪は解けているだろうと思い、今度は下村伸之隊員と2人で捜索へ入った。下村隊員はインドヒマラヤの山麓にある登山学校のインストラクターの資格を持ち、正式に入隊したのは昨年の4月初めでまだ1年しか経っていないが、すでに20回くらい出動しており、元々の才能もあり、頼りになる強力な隊員となっている。
前回発見した衣類が市ヶ谷さんのものであるならば、付近の雪の下である可能性が高い。前回より谷の下流へ下降するラインを選びどんどん降りて行き、雪の消えた谷を丹念に捜索した。落ち葉や砂をどけての作業は遅々として進まない。
1時間経っても水平距離20mくらいしか進まなかったが、やがて遂に衣類のあった少し上、雪が解けきっていない端に市ヶ谷さんを発見した。

私達は黙祷をした。今、ここで黙祷をしているのは、下村隊員と私だけではない。市ヶ谷さんのご家族、ご友人達、そして捜索に携わった多くの方々が一緒に黙祷してくださっている、そう思いながら、市ヶ谷さんのご冥福を心より祈って黙祷をした。

その後下山し車で移動、青梅警察署奥多摩交番へ発見を報告した。所轄署とはこれまで、捜索の情報提供を受け、また捜索入山時には登山計画書の提出、下山後の捜索状況報告と緊密なコミュニケーションをとってきている。
市ヶ谷さんは、すぐに警察署の救助隊が下界へお連れしてくださった。あの場所へ出動なさった警察署の方々のご苦労を思うと感謝の念しかない。

登山計画書の重要性

登山計画書を書くのは計画を見直すことにつながり、山域の地元へ提出するのは万が一遭難してしまったときの生命線になる。
もし、不幸にして亡くなられた場合でも、登山計画書があると捜索範囲がわかり発見の可能性が高まる。
しかし、登山計画書がないと、登山していたかどうか自体の確証が持てず、公的機関は動けないことがあり、また、捜索範囲が10倍、100倍と格段に広がり、発見の可能性がほとんど無くなり、残されたご家族に多くの負担をかけることになってしまう。

山へ行く皆さまへ

登山計画書はぜひとも地元警察署や登山ポストへ提出して登山をなさってください。ネットではCompassという登山計画書提出のシステムがあります。警察とも登山計画の情報をシステムを通じて共有できます。
また、万一下山報告が遅れた場合には一定時間後に本人、さらに遅れた場合にはあらかじめ登録した家族・友人などにワーニングメールが発信され、本人の危急を知らせます。
そして、捜索費用が付保される保険や山岳遭難対策制度に必ず加入してください。山岳捜索に当たる者からの心からのお願いです。よろしくお願いいたします。

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田中陽希と学ぶ jROの山岳遭難対策制度