【羽根田治の安全登山通信】夏山のリスクマネジメント

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不順な天候が続いた梅雨が終わり、日本列島が太平洋高気圧に覆われるようになると、いよいよ夏山シーズンが開幕する。天候が安定するこの季節は多くの登山者が山へと繰り出していくが、その一方で一年のうち遭難事故が最も多く発生する時期でもある。ここでは、安全で快適な夏山登山を楽しむために、夏山のリスクマネジメントについて今一度おさらいしておくことにしよう。

熱中症

高温多湿下での活動中に、体が産生する熱量と体外に出ていく熱量のバランスが崩れ、体温が平熱(36〜37度)を上回って上昇することにより、体にさまざまな異常をきたすのが熱中症。陽を遮るものがない炎天下の登山道や、気温が高く風もない低山を何時間も歩いたりする場合などは、とくに注意が必要だ。  熱中症にかかると、頭痛や目まい、吐き気、多量の発汗、顔面の紅潮、筋肉の痙攣などの症状が現れ、それが進行すると発汗が止まって体温調節ができなくなり、ひどければ昏睡状態に陥り、死に至ってしまう。2012年7月には、谷川連峰の茂倉岳を登山中の高校山岳部の男性部員(17歳)が熱中症で倒れ、搬送先の病院で死亡するという事故も起きている。
熱中症を予防するには、帽子をかぶり、通気性のいいウェアを着て行動すること。水分を充分に補給するのはもちろんだが、同時にミネラルの補給も忘れずに。コース上に沢や水場があるのなら、濡らしたタオルを額や首筋に当てて冷やすのも予防効果がある。
熱中症は、疲労や睡眠不足、深酒などの生活習慣が誘因となることも指摘されている。ふだんから健康管理に留意し、山に行くときは体調を整えたうえで臨むようにしたい。

低体温症

低温、濡れ、風が要因となり、体が産生する熱量と体外に出ていく熱量のバランスが崩れ、体幹温度(体の内部の温度)が35度以下になった状態が低体温症だ。ふるえやしびれなどの初期症状が進行すると運動能力や判断力が低下し、やがては意識が混濁して昏睡状態に陥り、心停止となってしまう。
かつて、低体温症は冬山のリスクと捉えられていたが、2009年7月に起きた大雪山系・トムラウシ山での大量遭難事故で大きくクローズアップされ、夏山でも起こりうるリスクとして広く認識されるようになった。2013年7月には、中央アルプスを縦走していた韓国のツアー登山の一行が悪天候に見舞われ、20人中3人が低体温症で、1人が滑落して死亡するという惨事も起きている。
たとえ夏山であっても、激しい雨に打たれて体が濡れ、さらに強風に叩かれれば、あっという間に低体温症に陥ってしまう。とくに標高の高い山や、高緯度に位置する北海道の山では要注意。天候が大荒れとなる低気圧や台風の通過時には、計画を延期・中止して行動を控えるのが得策だ。
もし悪天候下で行動しなければならないときは、行動時間がなるべく短くなるような行程を設定する。濡れと風による体温の低下を防ぐため、雨具の袖口はぴったり締め、フードもしっかり被ろう。体が冷えないように長い休憩はとらず、無理のないペースで歩き続けるといい。行動食は雨具やザックのウエストベルトのポケットなどに入れておき、歩きながらエネルギー源を補給する。行動中に寒さを感じたのなら、面倒くさがらずにその場ですぐに防寒着を着込むことだ。
また、疲労、エネルギー源の不足、風邪、内分泌系疾患、飲酒、喫煙なども熱産生を低下させる要因となり、低体温症を引き起こしやすくなる。熱中症の予防策同様、日ごろからの摂生も重要である。

 高山病

高度が上がることによって摂取できる酸素が不足し、さまざまな障害が現われてくるのが高山病。夏山シーズン、富士山や北アルプスなど3000m級の山々を訪れる登山者のなかには、日ごろの運動不足や不摂生による体調不良が影響し、そのぶん高山病を発症させるリスクも高くなる。また、高山病にかかるかかからないかは個人差も大きく、高度に弱い人は標高2500m前後から症状が現れることもある。
主な症状は、倦怠感や虚脱感、食欲不振、吐き気、頭痛、目まい、睡眠障害など。悪化すると高地脳浮腫や高地肺水腫へと進行し、重症化すると命を落とすこともある。  高山病にかからないようにするためには、余裕を持った計画を立て、できるだけゆっくりと登れるような行程を組むことだ。とくに標高の高い山に登るときには、一気に高度を上げるような登り方をせず、中腹で一泊して体を高度に慣らすといい。
歩くときはゆっくりと深い呼吸を心掛けながら、マイペースを保つようにする。無理してペースを上げると高山病に陥りやすい。また、水分を充分に補給して新陳代謝をよくすることも、高山病の予防に役立つ。
なお、ウォーキングやジョギング、水泳などの有酸素運動は、高山病にかかりにくい体をつくるので、日常のトレーニングに取り入れたい。山行前には睡眠を充分にとって体を休め、体調を整えておくこと。

転滑落・転倒

事故要因のなかでも、転滑落と転倒は山の高低を問わず、四季を通じて常に高い割合を占めている。険しい岩稜帯や岩場での一瞬のミスによる転滑落や転倒は、それが即、命取りになってしまう。このような場所を通過する際には、とくに気を引き締めて慎重に行動するようにしたい。道幅の狭い登山道などでほかの登山者とすれ違うときは、接触による転滑落を防ぐために、道を譲るほうは必ず山側に身を避けるのが基本だ。振り向いたときにザックが仲間に当たって転落してしまったというケースもあるので、自分の動きにも注意しながら、慎重かつスピーディに通過しよう。登山道上にある岩や木の根、木道や木橋などは雨や露に濡れると非常に滑りやすくなるので、スリップによる転倒に要注意だ。
また、危険個所を通り越してふっと気を抜いたときや、疲労が蓄積する午後の時間帯の下りでは、注意力が散漫になりがちで事故が起こりやすい。行動の終了や下山を間近にしているときこそ、緊張感が途切れないように心掛けたい。
近年は、北アルプスなどの一般登山道でも、転滑落や落石の危険の高いコースでは、ヘルメットを着用する登山者が増えている。万一の際に致命傷を避けるために、このようなコースを歩くときはぜひヘルメットを着用していただきたい。
さらに、北アルプス三県(長野・富山・岐阜)合同山岳遭難防止対策連絡会議では、過去に転滑落事故や転倒事故、落石事故が起きた地点を地図に盛り込んだ『北アルプス登山マップ』を作成している。この地図はインターネットでダウンロードできるので、危険箇所を事前にチェックするなどして、積極的に活用するといいだろう。

 落石

岩場やガレ場、岩稜帯、雪渓などを通過するときは、絶えず落石への警戒を怠らないようにして行動しよう。このような場所で上部にほかの登山者がいるときは、人為的な落石が起こる可能性もあるため、直撃を受ける直下には入らないようにする。また、雪渓上では音もなく石が落下してくるので、絶えず上方に気を配っていたい。
と同時に、自分たちが落石を起こさないようにする注意も必要だ。落石の危険のある場所で、自分たちの直下にほかの登山者がいる場合は、一声かけて注意を促そう。
近年は、石を蹴飛ばすようにして北アルプスの稜線を歩いている登山者が少なくないと聞く。北アルプスに登る以上、最低限、基本的な山の歩き方を身につけてほしいものだ。

 台風

台風とは、最大風速が17m/s以上の熱帯低気圧のこと。台風が日本列島に接近・上陸すると、山は大荒れとなる。その強風と大雨のなかで計画を強行するのは無謀というものだ。2011年7月には、台風の影響による大雨で南アルプス・聖岳の山麓で土砂崩れが起き、100人以上の登山者が下山できなくなって山中に孤立するという騒ぎがあった。さらに、沢沿いのコースや渡渉地点があるコースでは、増水によって流される危険も非常に高くなる。
台風の発生は、テレビやラジオの天気予報や、気象関係のウェブサイトで知ることができる。基本的に台風は太平洋高気圧の縁に沿うように進むが、どのように進むかは進路予想図が参考になる。気象庁のウェブサイトの「台風情報」というページでは、5日先までの進路予想図をチェックできる。山行当日前後に台風の接近が予測される場合は、計画の中止・延期を検討すべきだろう。

落雷

雷は夏山の風物詩のようなものであるが、山中で遭遇する雷ほど恐ろしいものはない。2012年8月には槍ヶ岳で立て続けに落雷事故があり、登山者ひとりが死亡、ひとりが重傷を負った。このほか近年の7〜9月には、白馬岳や鹿島槍ヶ岳、富士山、男体山、高尾山などでも落雷事故が起きている。
夏山で雷が発生するのは、大気が不安定になる午後になってからが多い(まれに昼前後に発生することある)。それを踏まえ、なるべく朝早くから行動を開始し、昼過ぎごろにはその日の目的地に到着するようにしたい。今は山中でもフマートフォンが繋がりやすくなっており、その場で気象サイトの雷情報を入手することができる。これらを有効に活用し、雷警報・注意報が出ているときは、早めに行動を切り上げて安全地帯(最寄りの山小屋など)に避難するのが賢明である。

 疾病

気温が高いなかで体に大きな負荷がかかる夏山登山では、山中で病気を発症させて救助を要請する事案が多発している。そのなかには、心臓疾患や脳疾患など、命に関わる疾病も少なくない。
夏山に限ったことではないが、登山を趣味とするからには日ごろからトレーニングを行なって体を鍛え、健康管理にも注意を払うようにしたい。とくに中高年層は定期的なメディカルチェックによって、体の不具合を早めに発見・治療することも重要になってくる。
なお、夏山シーズン中の人気の高い山小屋は、すし詰め状態となり、ゆっくり体を休められないこともある。それを避けたいのなら、コースや日程を変えるしかない。同じ山域でも、登山者が少ないコースは意外にあるものだし、曜日を変えるだけでゆったり山小屋を利用できたりするものだ。

以上、主な夏山のリスクについて簡単に解説したが、山での遭難事故の多くは自分たちの力量を見誤った判断ミスによって引き起こされている。それを防ぐには、自分の体力や技術を過信せず、謙虚に山と向き合うことだ。登山という行為は、自分たちが思っている以上に体に大きな負担がかかるものと自覚し、決して無理をすることなく夏山登山を楽しんでいただきたい。

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