今夏の反省 富士山で低体温症に

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 年に一度は富士山に登りたいと思っている。とくに富士山という山が好きなわけではない。登頂回数にこだわっているわけでもない。富士山に登るのはいいトレーニングになるし、自分の体力のバロメーターにもなるからだ。
 そうはいっても、時間のやりくりができずに登れない年もあり、気がつけば近年もしばらく足が遠のいていた。これではいかん、と思い、仕事が一段落した7月2日の夜、車で自宅を出た。トレーニングのためとはいえ、さすがに夏山シーズンの最盛期に、行列をつくってまで登りたいとは思わない。金曜夜の新宿・歌舞伎町じゃあるまいし、押し合いへし合いしながらぞろぞろ登っていってなにが楽しいのだろう。やはり登るのなら人が少ない時期、7月上旬もしくは9月に入ってからの平日がベストだ。

 東名高速を御殿場で降り、標高2390mの冨士宮口五合目には0時25分に着いた。例年、富士山の各登山道の山開きは7月1日だが、山梨県側の吉田口ルート以外の3ルートは残雪が多いため、今年はまだ登山道が開通していない。なので人はほとんどいないだろうと思っていたら(平日だし)、五合目の駐車場には思いのほかたくさんの車が停まっていた。みんな車中泊の登山者なのだろうか。
 車のシートを倒してシュラフの中に潜り込み、3時間ほど仮眠をとる。4時過ぎに起きて外に出てみると、天気はよく、東側の山麓には雲海が広がっていた。周囲の車の主も次々と起き出してきて、登山の準備にとりかかっている。
 朝飯に家でつくってきたおにぎりを食べ、5時10分に五合目を出発。トラバース気味の登山道を緩やかにたどっていって六合目へと向かう。途中で振り返ると、西のほうの山麓に富士山の大きな影ができていた。天気は上々。予報では今晩あたりから崩れるとのことだったが、今のところ崩れそうな気配はない。
 六合目から本格的な登りが始まる。赤茶けた火山礫の登山道を黙々とたどっていく。登山口に泊まっていた車の数のわりに登山者はそれほど多くなく、ポツポツと見える程度だ。山小屋が営業しているのは標高2780mの新七合目までで、これより上の山小屋はまだクローズしている。単調な登山道をひたすら登り続け、元祖七合目、八合目、九合目と、ほぼ40〜50分の所要で通過する。ペース的にはまあまあといったところか。
 9時前ごろになると、西のほうから流れてきた雲がじわじわと山裾を覆いはじめた。梅雨前線の雲だろうか。夜まではもつという天気予報だったのに。九合目で小休止していたときに2人組のオジサンが登ってきて、そのうちのひとりが、「これから雲がかかってきて天気が崩れるかもしれないね。早く登ったほうがいいよ」と言った。このオジサン、聞けばもう1000回も富士山に登っている強者だとか(今年の8月11日に富士山1000回登山を達成した佐々木茂良氏であったことがのちに判明)。それだけ富士山に精通している人が言うのだから間違いないだろうと、先を急ぐ。

 高度の影響だろうか、標高3590mの九合五勺あたりからガタッと失速してしまったが、ヘロヘロになりながら頂上直下の雪渓を慎重に登り、鳥居をくぐってなんとか山頂にたどり着いた。あたり一面はまだ残雪に覆われており、ガスのため視界は数十メートルしかない。寒いので雨具のジャケットを着込むと、風が当たる側に水滴が付着した。ガスというより、水分を多く含んだ濃霧のようだ。ほかに登山者は、カップルが一組のみ。数分じっとしているだけで歯の根が合わなくなり、そそくさと下山にとりかかる。
 下りはじめて間もなく、ガスは雨に変わり、雨具を着ていなかった下半身はすっかり濡れてしまった。ジャケットも羽織っただけだったので、袖口や襟首から雨が流れ込んできてシャツまで濡らしてしまう。ザックカバーをしていなかったザックもびしょ濡れである。
 雨だけではなく、風もますます強くなってきた。時折強い風が吹き付けてきて、バランスを崩しそうになる。風速10〜15mはあったような気がする。やがて雨はざんざん降りとなり、全身びしょ濡れになってしまった。濡れた体が風に叩かれ、超寒い。頂上から下りはじめるときに、「あとはもう下るだけだから」「ちょっと下れば天気も回復するだろう」と、アマく考えていたのが失敗だった。頂上に着いた時点で、雨具とザックカバーをしっかり装着すべきだったのだ。 
 濡れと風により体はすっかり冷えきってしまい、歩いていても寒さはまったく解消されない。立ち止まるとなおさら寒いので、休憩もほとんどとらずひたすら下り続ける。下りながら、「山ではこうして低体温症になっていくのだな」ということを実感する。
 その風雨のなかを、軽装で登ってくる人が何人もいたのにはびっくりした。時間はもう昼前後である。上の山小屋はまだ閉鎖しているのに、「この人たち、どうするんだろう」と心配になる。とくに外国人登山者のほとんどは軽装で、ジーパンにスニーカーにビニールポンチョという人も何人かいた。そういう人とすれ違うたびに「おいおい大丈夫かよ」と思ったが、声を掛けるのも余計なおせっかいのような気がして、そのまま通り過ぎた。数組のパーティには状況を聞かれたので、「上はここ以上に風も雨も強いよ。頂上まで行くのはちょっと厳しいんじゃないかな」と答えた。それを聞いて、数組のパーティは「じゃあ今回は諦めます」と言って引き返していった。
 下山中に膝が痛み出したこともあって大幅にペースダウンしたが、寒さと膝の痛みに耐えながら下山を続け、午後2時ジャスト、どうにか五合目にたどり着いた。五合目まで下りても雨は降り続いており、濃いガスも立ち込めていた。
 ブルブル震えながら濡れた服を着替え、車のヒーターをがんがんにかけて冷えきった体を温めた。30分ほどしてようやく震えがおさまり、車を運転できるまで回復。悪天候の富士山をあとにしたのだった。

 この山行の反省は、言うまでもなく雨対策・濡れ対策を怠ったことだ。それを招いたのは、「あとは下るだけだから、そのうちに天気はよくなるだろう」という、自分に都合のいい予測である。天気予報が「天気の崩れは夜から」と報じていたこと、登ってくるときはいい天気だったことから、そう予測してしまったわけだが、今思えば根拠に基づいた予測ではなく、単なる自分の願望に過ぎなかったことがよくわかる。
 とかく山では、直面している現実を自分の都合のいいほうへ解釈しがちであり、また「なんとかなるだろう」と面倒くさがって対処が遅れたりすることが往々にして起こる。だが、それが遭難事故の第一歩となることは、これまでの数々の事例が実証している。そのことを、私たちは常に肝に銘じておく必要がある。
 それはさておくとして、私が下山中に低体温症の初期症状を発症していたことは間違いない。もしこれが初めてのルートだったり、下山するまでにもっと時間がかかっていたりしたら、ヤバい状況に陥っていたかもしれない。
 下りながら考えていたのは、程度の差こそあるにしろ、3年前のトムラウシ山での遭難事故のときも似たような状況だったのだろうかということだ。
 この事例を取材し、本や雑誌を通して低体温症の怖さを訴えていながら、自分自身がその教訓をまったく活かせていないのだから、情けないことこのうえない。人に“山のリスクマネジメント”云々言う前に、まずは自分から実践しろよな、という話である。そうでなければ、偉そうに原稿を書いたり人前で話をしたりする資格はない。それを猛省した今夏の出来事であった。

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